「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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カテゴリ:文化( 44 )

王国じゃないってば

 今日も怖いミスを寸でのところで防ぎました。

 皆様の強いご要望にお応えして3巻に掲載されることになったヨーロッパ地図。イタリア半島の東側の付け根のところに「ヴェネチア王国」なんて不思議な文字列が紛れ込んでおります。

 王国・・・? 王国なわけ無いじゃないか!!!

 かの地は8世紀より共和国なのでございますよ。ええ。ご存じでしたか? 正式な国名を日本語に写し取るとこうなる。

「最も平和なるベネチア共和国」

 こんな風に書きます。「Serenìsima Repùblica Vèneta」。お洒落さんというのか夜郎自大というのか(笑)。とりあえず地図には「ヴェネチア共和国」と書けと厳命しておきました。正式国名を書くスペースが無いので。
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by waka_moana | 2006-11-23 15:08 | 文化
 昨日、今日と3巻のゲラに赤を入れてはO内の家にFAXで送信するという作業をやっていました。というかゲラが届いていないのに校正の〆切を設定するのは止めてくださいよ、○○○○○さん(涙)。隊長の時代のフランドルからマドリッドみたいに中30日かかるなんてこたあありませんが、名古屋と東京の間を文書を行き来させるには、往復だけで4日かかるんすから。

 そんなわけで、妻が帰宅した後は仕事をしないという自己規制を昨日は解除。23時過ぎまでゲラのチェックしてました。そんで朝7時にはO内に送稿。6章まで終わらせました。それで感じたのですが、やはり5章、6章は凄いです。これまでの「アラトリステ」シリーズの中でも別格のオーラを放っている章だと思います。凄惨なんだけど、どこか静謐な雰囲気もある。そしてとても哀しい章でもある。巻を重ねるごとに切れ味が増していく旦那の筆ですが、これが4巻になると、今の所はまた1巻のノリに戻って痛快剣客活劇なんですねえ。旦那、芸風の変化の規則性が読めません。

 ところで皆様、ジョージ・フレデリック・ハンデルって人、知ってますか? 知らない? 原語表記はこうなります。

George Frideric Handel

 わかりますか? この方、イングランド人なんですが、生まれはドイツです。ドイツ人だったときの名前はこう書きます。

Georg Friedrich Händel

 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルと読む。作曲家です。代表作はオラトリオ「メサイア」。あるいは「水上の音楽」。オペラ「クセルクセス」。そうです、あのヘンデルです。

 ハンデル氏は25歳の時にハノーヴァー選帝公の宮廷に楽長として迎えられたのですが、この主人の奥様が実はイングランドとスコットランドの女王様だったんですよ。アン女王。で、アン女王亡き後、ご主人様がそれらの王位を引き継いだ。ジョージ1世です。ハノーヴァー朝(現在のウィンザー朝の元の名前)の開祖の人。

 で、そのご主人にくっついてイングランドの宮廷楽長になり、そのままイングランド国籍を取得して名前も変えた。綴り方を変えた。ドイツ人やドイツ系音楽美学の強い日本の音楽学・音楽教育学界では「ヘンデルはドイツ人」ということになっているけれど、でも後半生は紛れもなくイギリス人ジョージ・フレデリック・ハンデル氏だった。

 このトラップ、私も3巻で踏みました。ハンデル氏じゃありません。謎のイタリヤ人フリオ・マッツァリーノ。せっかく旦那がヒントをつけておいてくれたのに、翻訳作業中は怪人マッツァリーノが後シテで誰になったか気づかなかった私です。間に合えば注にしておきますけど、間に合わなかったら・・・・・100人中99人は気づかないで流しちゃうだろうな。

 え? マッツァリーノの後シテが誰かって? 別の名前で世界史の教科書に出てますよ。偽装履修でなければ「絶対王政の成立」って章で必ず憶えさせられる人ね。正解はコメント欄に誰かが書いてくれるでしょう↓。
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by waka_moana | 2006-11-16 22:44 | 文化

マニアめ

 これまでに訳注を打ってみた語彙やフレーズ(抜粋)。

・ウルカ(ハルク)
・詰め開き
・海軍卿
・カルバリン砲
・イングランドがイヤミで呼んだ「無敵艦隊」
・砂嘴
・ダンケルクからオランダ海軍の裏をかいて北上
・通商破壊
・ガレオン
・ガレー
・フェルッカ
・航海士
・大檣

 まだ1章の1/3でこれって多いよなと思うんですが(しかもこれで全部じゃないし)、でも普通わかんないですよね、こんな単語・・・・。
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by waka_moana | 2006-10-17 18:16 | 文化

正直、笑いました

 先日、ヒストリーチャンネルで「聖杯」という番組を放送していました。

 あれは多分「ダ・ヴィンチ・コード」が出る前に作った番組でしょうね。『レンヌ=ル=シャトーの謎(Holy Blood and Holy Grail)』あたりに触発されて昔作った番組なんじゃないかと思うのですが、その中で非常に笑えたのが、12世紀くらいの甲冑を実際に着込んで模擬戦闘をしてみるシーン。

 もちろんああいった甲冑を着てやる戦闘は本来は騎乗して槍を持ってというものなのですが、何故かツーハンドソードを持ってのチャンバラを試していました。完全に装甲された戦士を討ち取るのであれば、地面に倒してから甲冑の隙間にナイフをぶっ刺してとなりますから、ツーハンドソードで殴り合っている限りはまず怪我なんかしない。素人でも安心というわけでしょう。

 さて。その甲冑なんですが、大笑いしたことに、あれ、自分ではヘルメットを着脱することも、バイザーを上げ下げすることも出来ないんですね。肩や肘の関節がそこまで曲がらないので、手が頭に届かないんです。となると、ツーハンドソードを持っても気の利いた剣技など使えたものじゃない。重さに任せてブンブン振り回すだけ。

 あれはもう、槍を構えて騎兵突撃するか、馬上槍試合に使う以外無いでしょう。自分一人では着ることも脱ぐことも出来ない、とんでもない代物です。ですからアラトリステの時代には、見世物としての馬上槍試合に使うくらいになっていたのですね。かのマウリッツ・ファン・ナッサウなど、オランダ軍から重装騎兵を廃止してしまったといいます(でも3巻には出てきているような・・・・?)。
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by waka_moana | 2006-10-03 09:03 | 文化

フダイさんって誰?

 2巻を眺めていて、あれ、ここ訳注付けなかったっけ、という箇所を発見してしまいました。

 「隠れユダヤ教徒」のとこ。フダイサンテ。ローマ字だとJudaisanteと書きます。フダイというのはつまりJew(ユダヤ)のことですね。2巻では「改宗ユダヤ人(コンベルソ)」と「隠れユダヤ教徒」が入り乱れているので、非常に混乱しやすいと思うのですが、何で訳注付けなかったんだろ?

 簡単に整理しときますね。

ユダヤ人

 もともとは現在のイスラエルの辺りに住んでいた人々。宗教はユダヤ教。イスラエル王国やユダ王国などを形成していたが前者はアッシリアに、後者はバビロニアに滅ぼされる。以後は20世紀にイスラエルが建国されるまで、「ユダヤ人の国」というものは無かった(ただしユダヤ人が非常に強い権力を握った国は、ハザール王国やアメリカ合衆国などいくつかあった)。以降もユダヤ人は様々な王朝の支配の下で地中海東岸に居住し続けたが、1世紀から2世紀にかけてローマに対する大規模な反乱を起こした為(ユダヤ戦争)、ローマは政策的にユダヤ人を彼らの故地から追い払い、結果としてユダヤ人はヨーロッパ・北アフリカ各地に拡散していった。

 その最も基本的な定義は「ユダヤ教を信じる者」であるが、ユダヤ人コミュニティ内では「ユダヤ人である母親から生まれた者」をユダヤ人とする場合もある。またコミュニティ外では、「ユダヤ人である先祖を持つ者」や「ユダヤ人である先祖を持っており、かつ自分たちのコミュニティから排除したい者」など、様々な定義が使用されている。

改宗ユダヤ人

 キリスト教に改宗したユダヤ人。「ユダヤ教を信じる者」をユダヤ人とする定義に従えばユダヤ人ではないが、それ以外の定義では概ねユダヤ人扱いされる。

隠れユダヤ人

 キリスト教に改宗したと表明しつつ、ユダヤ教の祭祀を密かに行っている者。ただし改宗ユダヤ人である(ユダヤ教の祭祀は行っていない)にも拘わらず、「隠れユダヤ人」と認定される者もいたらしい。


 いかがでしょうか。複雑ですね。わけわかんないですね。要するに「ユダヤ人」を定義する方法は沢山あって、それは「ユダヤ人」を定義しようという人の立場や都合によっていかようにでも変化するということです。だって最初の定義だけなら、異端審問所やナチスやKGB(旧ソ連や現ロシアのユダヤ人弾圧は有名)に捕まったところで、キリスト教に改宗してみせれば良いわけですから。でもそうはならなかった。

 こうやっておよそ2000年にも渡る弾圧を受け続けた結果が、現在のユダヤ人国家(とその用心棒国家)のあの歪んだ破壊衝動を引き起こしているのですね。
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by waka_moana | 2006-10-02 09:31 | 文化

鏡よ鏡、鏡ちゃん

 2巻発売祭りってことで、とっときのネタをバンバン使います(だから買って褒めて・・・・)。

 今日のお題はこれ。ベラスケス作「ラス・メニーナス(女官たち)」。

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 ご存じ、プラド美術館の至宝。もちろん本シリーズの読者様は、隊長の時代のその土地が「牧草地(プラド)」と呼ばれるナンパスポットだってことはご存じですよね。隊長と警部補が遠い目をしていたのもここでしたっけ。

 この作品はベラスケスのキャリアでもかなり後の方の制作になります。完成が1656年。ロクロワの戦いで隊長が行方をくらましてから10年以上の後。

 画面の左の方で画布に向かってこちらを見つめているのがベラスケス先生その人ね。中央にいるのはフェリペ4世陛下の2番目の奥様である(つまり2巻の後半で出てくるあの奥さんではない)アウストリアのマリアナちゃんが生んだ女の子。マリガリータ王女。もう皆さんお忘れだと思うのでもう一度書きますが、アウストリアのマリアナちゃんは1巻でイングランドのチャールズ坊やがナンパに来たマリアナ王女の娘ですよ。

 画面奥の鏡に見えるのがそのイケナイ近親●●的夫婦です。妹の娘を娶ったシスコンのフェリペ4世くんとその嫁だ。つまり、この絵の情景を現地で見ておられたわけですな。イケナイ夫婦が。

 この絵は、この鏡の中のイケナイ夫婦の存在でも有名ですね。いや、禁断の色恋をテーマにした絵ならいくらでも西洋にはありましたから、そういう所で有名なわけではない。そうではなくて、この鏡の中に映ったイケナイ夫婦というのは、要するに「絵を鑑賞している人」の象徴なのですよ。おわかりでしょうか。わかるわけないですね。

 ここでいきなり翻訳家から美学の研究者としてのかとうに入れ替わる私です。現在でこそこういった作品というのは、作り手がいて作られたブツがあって、それを見る(聴く・触る・嗅ぐ・食べる)受け手がいるということを前提に論じられていますが、一枚の絵の中に「絵は描いた奴とブツとそれを見る奴で成立するもんだ」という構造を表現したものというのは、知られている限り西洋絵画ではこれが最初の一撃だったんですね。

 つまりこういうことです。ゲージツ作品というのは、それだけがポッと落ちていても意味を為さない。それは受け手によって受け止められて初めてゲージツ作品となり、ゲージツ作品としての意味が与えられる。これは20世紀以降の美学・芸術学の基本中の基本の考え方です。しかし、昔はそんなこと考えてなかったんですね。凄いものは神様がゲージツとして凄くしてるんだから、人間がいようがいまいが凄いんだと思っていた。なんせ神様っすから。うかつに反論しようものならボカネグラ御大に引っ張られてトレドの地下牢で魅惑の拷問フルコースっす。

 そういう考え方が毒抜きされて、ゲージツ作品ってのはそれを受け取る奴がいてはじめてゲージツ作品なんだって安心して言えるようになったのは、たかだかこの100年のことなんですねえ。

 ところがこのベラスケス先生、なんと17世紀の半ば頃に、既にゲージツ作品の本質の一端を捉えていたのではないか。この絵を見ていると、そんな妄想もふくらんで来るんですね、みなさん。だからこの絵は哲学的な絵だということになっている。

 ま、そんな難しいことを考えなくても、見ればわかりますか。この絵は凄いですよね。

 長くなったのでここで一旦、CM行きます。この絵の面白さは実はこれだけじゃないんだよ。2巻と併せて楽しめるネタがまだまだ隠れているのなのよ。ああ、酔ってるな俺。
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by waka_moana | 2006-09-23 20:27 | 文化
 今現在も2巻を手にしていない私ですが、2巻で出てくるキリスト教の習俗で、少しわかりにくいものがあるという電話が先ほどかかって来ました。

 要するにカトリックの信徒が死ぬ時にするあれ。あれは何で、何の為にするのかって話ですね。私の所を通過した時点では「終油の秘跡」という訳語になっていたと思いますが、もしかしたらその後「告解」に変更されているのかもしれません。

 ともかく、この辺りについて、簡単なご説明を。

 ちなみに簡単じゃないご説明はこうなりますが、

「終油の秘跡

 聖職者が聖油をキリスト教徒の肉体に塗布するという手順で行われる秘跡のこと。もともとは病人に対し、神の恵みを与えるという目的で行われていたが、中世から近世にかけては臨終にあるキリスト教徒に行うものという性格が強くなった。「終油の秘跡」という訳語はここから来ているが、1962年から1965年にかけて開催された第二バチカン公会議においてこの秘跡の位置づけは見直され、病人に対し行うという本来の性格に回帰した。よって現在では「病者の塗油」と呼ばれている。

 基本的な手順は以下の通りである。まず聖職者が秘跡を受けるものの額に聖油を塗り、「神がその愛と慈悲において、聖霊の恩寵をもってあなたを救いますように」と唱える。次に聖職者は秘跡を受けるものの両手に聖油を塗り、「神があなたの罪を赦し、またあなたを復活させますように」と唱える。これで秘跡を受けたものは神の恵みと罪の赦しを得るとされる。

 聖油(基本的にはオリーブ油を用いるが、これが手に入らない場合は他の植物性油を使用する)を用いるのは、危篤状態の人間に塗布するだけで儀式を行うことが出来るからである。すなわち意識がはっきりしている人間の場合、告解(聖職者に自分の犯した罪を告白し、赦しを受けるという手順の秘跡)などの秘跡によっても、「死の直前に罪の赦しを得る」という本来の目的は果たされるのである。」

 まあ何せ人死にが一杯出るお話ですからね。そこいら中でこういう需要はある。1巻でも「霊魂の扉」での戦闘でアラトリステがやっつけた男が実はかつての戦友で、イニゴくんに言って近所の教会から告解の為に司祭を呼ばせるというシーンがありましたな。

 簡単に言えばこういうことです。カトリックでは、人間は死後に天国か煉獄か地獄に行くことになっています。天国については説明不要でしょう。煉獄というのは、罪の償いを終えていない人が行くところです。ここで痛い目に遭って罪を償ってから天国に行くわけですね。ところが最後に秘跡を受けて罪を赦されてから死ぬまでにうっかり罪を犯すと、罪の赦しを受けずに死んでしまうことになるので、煉獄にも行けずに地獄行き直行便ご案内となる。

 そこで、臨終ギリギリのタイミングで罪の赦しを得て行こうという、考えようによっては少々セコい作戦が展開されるのですね。その赦しの為の秘跡は告解でもなんでも良いのですが、あまり引っ張り過ぎると喋ることも出来なくなる。そこで聖油を塗ってもらうだけで赦しが得られる「病者の塗油」がブームとなり、臨終のスタンダードとなった、ということです。
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by waka_moana | 2006-09-22 18:18 | 文化
 まずはこれ見てください。

 1枚目。我らがケベード爺の肖像。

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 続いてベラスケス先生の肖像というか自画像・・・・要するに「ラス・メニーナス」の中のベラスケス先生。

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 最近気づいたんですが、こいつら同じ服着とるやんけ。

 これがあの有名な「サンティアゴ騎士団」のマークです。巨神兵でも飛行兵でもないの。2巻ではいきなりこの服を着てケベ爺が登場しますが、あれ? 1巻ではそういう描写無かったかな? ともかくこれがケベ爺自慢の一着ですよ。2巻のテーマはこの扮装にかなりダイレクトに関わってくるので、発売までは詳しく語るのを控えますけども、ここで軽くサンティアゴ騎士団について説明しておきましょう。

 「カピタン・アラトリステ」シリーズに登場する騎士団といえば、勝ち組の代名詞たる「金羊毛騎士団」と、ケベ爺も所属の「サンティアゴ騎士団」です。前者は基本的に爵位貴族以上でないとお呼びがかからないような、お高い騎士団ですね。作中に登場する人物でこの騎士団に入っているのは、国王フェリペ4世陛下(騎士団長でもあらせられます)と、3巻で登場の悲運の名将アンブロジオ・スピノラ閣下くらいかな。いや、多分オリバーレス公伯爵も入っていたかもしれない。グアダルメディーナ坊は架空の人物なので、公式の騎士団の記録には登場しません。

 アンブロジオ・スピノラ閣下はもともとジェノバの実家がセストおよびベネフロ侯爵の爵位を持っていたので、金羊毛騎士団はそちらのタイトルで登録されてますね。彼がグランデッツァ(国王の前での脱帽と起立を免除される特権付きの大貴族)のロス・バルバセス侯爵家創設を許されるのは多分1611年。彼の入団の数年後です。

 話を戻して「サンティアゴ騎士団」。こちらはもともと、サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路の治安維持を目的として12世紀中葉に創設された騎士団でした。それがレコンキスタの過程でカスティリア王家と結びつき(というか癒着して)、ケベ爺のころには騎士叙任権も国王が持っておりました。

 騎士団入団の資格も色々と変遷があったのですが、ケベ爺のころは先祖に4人の爵位貴族がいることとか、そんな感じです。これは17世紀中にはさらに緩和されて、男系祖先にどこかの時点で爵位貴族が居たらオッケーとなったようです。

 他にもこの辺は少しエピソードがあるのですが、これは2巻ネタバレなので、発売日以降のお話といたしましょう。
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by waka_moana | 2006-09-19 23:53 | 文化

歩兵三種

 さて、さらに細かい解説を続けます。

 今日は歩兵の中での分類。

 以前ご紹介したように、当時の戦場の主役は長槍(パイク)兵でした。そして隊長がやっていたのが銃兵。
 
 隊列を組んで戦う歩兵は、基本的にはこのどちらかでした。ただし役割は多少違います。長槍兵は白兵戦での殴り合いが仕事。銃兵は白兵戦になる以前に遠距離から敵の隊列を撹乱するのが仕事。ですから、敵の長槍兵と味方の長槍兵が接触する以前に、銃兵は長槍兵の隊列の後ろに下がるか、両翼に移動してしまいます。白兵戦には参加しない。

 余談ですが、その後、小銃が銃剣を装着出来るようになると、長槍兵は廃れてしまいます。長槍の代わりに銃剣で戦うようになるんですね。

 さて。歩兵の戦闘はこういった隊列を組んでの戦闘だけではありませんでした。散兵戦というのですが、要するに隊列を組まないバラバラの状態で行う戦闘です。具体的には、長槍兵の隊列同士が接触する以前に彼我の中間に展開して、敵兵を牽制する役割。もちろん長槍兵が接触する前に安全な場所に引き上げるのは変わりません。

 あるいは敵の塹壕や陣地に殴り込んで行う白兵戦。隊長が一番得意なのがこれですね。昼間にでかければすぐに発見されてマスケット銃で狙い撃ちされてしまいますから、寝込みや朝方を狙って突っ込んで行くわけです。

 なお、ナポレオン戦争より後、後装式の小銃と高性能な野戦砲が一般化すると、歩兵方陣による戦闘は完全に無くなり(良いマトになるだけですから)、散兵形態での戦闘のみが行われるようになります。
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by waka_moana | 2006-09-14 00:30 | 文化

ミリタリーマニアめ!

 「カピタン・アラトリステ」シリーズ2巻の発売はもう間もなくですが、翻訳チームの作業は3巻、4巻に入っています。

 3巻は既にお伝えしているように、戦闘戦闘また戦闘のバイオレンス巨編。攻城戦、塹壕戦、野戦、奇襲、威力偵察といった具合に、現実の戦場で起こりうる戦闘のパターンがこれでもかと登場します。レベルテの旦那、ミリタリーマニアです。

 私思うのですが、17世紀初頭のヨーロッパの戦場をここまで緻密に描写した小説が日本語になるのは、実は初めてなんじゃないでしょうか。呆れたものです。レベルテの旦那は、当時の戦術を非常に的確に描ききっておりまして、まさに「見てきたような嘘」満載。これについては、従来の西洋チャンバラ系ライトノベルの大半とは比較にもならないです。

 例えばですね。多くの西洋チャンバラ系ライトノベルでは、英雄豪傑が愛馬に跨って敵陣に躍り込み、斬って斬って斬り尽くすというシーンが良く見られます。重装騎兵による騎兵突撃ですね。もちろん「カピタン・アラトリステ」でも同様のシーンは出てきます。ですけれども、著者はちゃんと騎兵突撃とはいかなるものかを知って書いているので、騎兵突撃があったからといってそれで勝敗が決するという話にはならない。作業をしていても、思わずうなってしまいます。

 とはいえ、戦場のありようについてあまりご存じ無い方が読まれると、あのマニアックな戦闘描写の妙がわかっていただけないと思うので、少し解説しておきたいと思います。

 まず抑えておきたいのは、兵科という概念です。兵隊さんの種類ですね。これは大まかに言って以下のようにわけられます。

・歩兵(徒歩で戦う兵士)
・騎兵(馬に乗って戦う兵士)
・砲兵(大砲を扱うのが専門の兵士)
・工兵(土木作業を専門にする兵士)

 このうち工兵は戦闘に参加しませんから、戦闘時に問題となるのは最初の三つですね。

 憶えておいていただきたいのは、この三つの兵科はどれが一番強いというものでも無いということ。

 例えば彼我の距離が離れている場合、砲兵は歩兵に対しても騎兵に対しても一定の威力を発揮します。しかし、もしも歩兵が塹壕に立て籠もっていれば砲撃はほとんど役に立ちませんし、騎兵が機動力を生かして砲兵陣地に突撃して来れば、砲兵は鎧袖一触で皆殺しにされてしまいます。また騎兵突撃は隊列を組んでいない歩兵には極めて有効な攻撃になりますが、いざ歩兵が隊列を組んで正面から騎兵突撃を受け止めれば、いかな重装騎兵といえども殆ど手も足も出ないままに殺戮されてしまいます。どんな英雄豪傑でも、歩兵の密集隊形に正面から突っ込めば、カップラーメンが出来上がる間もなく首を掻き切られて南無阿弥陀仏ということなのです。

 このレベルの兵科の書き分けをしてあるライトノベルもあまり無いような気がしますが、さらに旦那は凝ったことをしています。ちゃんと軽騎兵と重装騎兵を書き分けたりしてるんです。

 軽騎兵というのは、鎧をつけていない騎兵のことです。短弓やアルカブス銃(小型の火縄銃)など、遠距離攻撃が出来る武器が主力装備になています。彼らの役目は、機動力を生かして敵の歩兵の側面や背後に回り込み、遠距離攻撃によって(接触すれば歩兵の敵ではありませんから)陣形を崩すことです。あるいは敵の砲兵に遠距離攻撃をかけて、砲兵の活動を妨害する。遠距離攻撃が主ですから、軽騎兵だけで敵を壊滅させることは出来ません。あくまでも他の兵科の支援が仕事です。一方の重装騎兵というのは全身を装甲で覆った騎兵のことで、長槍を構えて敵陣に突撃をかけるのが仕事です。既に述べたように、重装騎兵の騎兵突撃が有効なのは歩兵の陣形が崩れている時だけなので、他の兵科が歩兵の陣形を崩しておいてくれない限り、重装騎兵の出番はありません。

 隊長は軽騎兵とも戦いますし、重装騎兵とも戦います。

 さて、以上で見たように、それぞれの兵科には得手不得手がありまして、この兵科があればそれで無敵ということは無いのですね。

 隊長が加わっていた当時のスペイン軍は、精強無比の歩兵によってヨーロッパに覇を唱えておりました。当時のスペイン人はとにかく意固地な連中で、しかも戦争経験が豊富ですから、歩兵同士でどつき合いをしている限り、他国の軍勢に勝ち目は無かったのです。スペインのテルシオ隊形が歴史から姿を消したのは、各国が砲兵・騎兵・歩兵という兵科複合による戦術をマスターして後のことでした。
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by waka_moana | 2006-09-13 13:28 | 文化