「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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カテゴリ:うらよみ( 7 )

6巻は絵らしいんですが

 最近、原作者レベルテの旦那が6巻について語ったインタビューを読む機会がありました。
 
 6巻のテーマは絵。絵画らしいです。

 絵画といえば既にベラスケス先生が3巻で取り上げられていますが、今度の舞台はナポリですからね。ってことは、ホセ・デ・リベラあたりが登場するんでしょうか? リベラってスペインでは結構なビッグネームですから。そりゃあベラスケスやムリーリョやゴヤ級の扱いは受けてませんけども、彼らに次ぐセカンドグループ筆頭くらいの存在感はあります。実際、良い絵を沢山描いてますから。

 いや、楽しみですね。皆様には申し訳ありませんが、来月中には英訳版の6巻を入手して、隊長の新たな活躍を堪能する予定が入っております。原稿とか育児とか忙しいはずなんですが。
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by waka_moana | 2008-12-15 21:25 | うらよみ

Lowlands of Holland

 ブリテン島で古くから歌い継がれてきた民謡の中でも最も有名な曲の一つが「Lowlands of Holland」です。「オランダの低地」。

 最初にチャップブック(面白いニュースとそれをネタにした替え歌の歌詞を印刷したもの)にこの曲が出たのがおそらく1760年。ですが起源はもっと古いです。いつ頃この曲が出現したのかは、もちろん誰も知らない。

 歌詞は無数のヴァリアントがありますけれども、まあだいたいがこんな感じです。

The first night I was married and on my married bed,
Up comes a bold sea captain and stood at my bed,
Arise, arise young marrieed man and come along with me,
to the Lowlands of Holland to face your enemy!

I held my lover in my arms still thinking he might stay,
But the captain gave another shout; he was forced to ga away:
"Tis many a bright young married man this night must go with me,
To the Lowlands of Holland to fight the enemy!"

The took my love to a gallant ship, a ship of noble fame,
With four-and-twenty seaman bold to steer across the main;
The storm then began to rise, and the sea began to shout;
"Twas when my love and his gallant ship were sorely tossed about."

Says the mother to the daughter, "What makes you so lament?
Is there ne'er a man in irleand, who will please your discontent."
There are men enough in Ireland, but none at all for me
I only love but one man, and he's across the sea.

I'll wear not shoe or stocking, or comb put in my hair,
Nor fire bright nor candle light shallo show my beauty rare.
And never will I married be until the day I die
For the Lowlands of Hollandare between my love and I.

 新婚初夜の船乗りの寝室にイングランド海軍の兵士達が乱入してきて、夫を強制連行して軍船の船員にするというお話。「オランダの低地でお前の敵が待っているんだ、さっさと来い!」というのが決め台詞ですね。

 こうやって一般市民を無理矢理軍人にする(給料は出ます・・・安いけど。当時の民間船の船乗りと比較して言えば薄給優遇。民間船は高給冷遇でした)ということは、イングランドでは法律で許可されていたんですね。impressmentと呼ばれます。始まったのはエリザベス1世の頃。終わったのは19世紀。こうやって実際に強制連行をする連中は「press gang」と呼ばれて忌み嫌われていました。たしかホーンブロワーの3巻あたりにこのシーンがありましたね。拉致られた船乗りは最後に戦死しちゃったんじゃないかな。

 この歌で言う「オランダの低地で待っている敵」とは誰のことか? わかりません。作詞者が誰かもわからんですからね。ただ、1760年以前の戦争であることは確か。エリザベス1世(在位1558 - 1603年)の時代から1760年までで、イングランド軍がオランダで戦争をやったというと・・・

・八十年戦争(オランダ独立戦争)←「ブレダの太陽」はこの戦争が舞台
・英蘭戦争(第一次から三次まで)←昨日の友(オランダ)は今日の敵・・・
・ネーデルラント継承戦争←昨日の敵(オランダ)は今日の友・・・・
・スペイン継承戦争←今度はオーストリア・ハプスブルグとも組んでます
・オーストリア継承戦争←前回の続き

 ・・・・お前ら戦争やりすぎ。しかも殆どの大きな戦争でネーデルランドに兵隊出してますがな。これでは全く同定不可能ですね。とはいえ、一応は隊長たちの時代の可能性もある。というより、似たような戦争が起こる度にこの歌が広まっていったんじゃないかと思います。言い換えれば、歌詞に出てくる「お前の敵」はスペイン軍でもあったでしょうし、フランス軍でもあった。オランダ軍を念頭に歌われたことももちろんあった。

 のではないでしょうか。
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by waka_moana | 2007-02-21 16:43 | うらよみ

帝国の黄金

 4巻の邦題は「帝国の黄金」になったみたいですね。原題は「El oro del Rey」。「王の金」。

 なんか意味不明ですね。いや、たしかにフェリペ4世陛下の所有となる金も出てきますよ。元素記号はAuね。ただ・・・・邦題としちゃあ不細工じゃないですか。何かえれえ俗臭にまみれた単語が「の」で繋がってるだけ、みたいな。ねえ。「都知事の金」「首相の金」みたいな字面。ロマンが無い。

 そこで再び強い意訳フィルターをかけてみた結果がこれでした。4巻は王室財政の話であり、王様の持っているAuの話であり、そしてスペインの黄金時代の落日の話でもあります。

 ここで一応ご説明しておきますと、当時、スペインは王国でした。Reino de Espana。帝国imperioではなかった。当時、正式にimperioと呼ばれていたのは親戚のところ、神聖ローマ帝国Imperio Romano Santoだけです。そしてスペイン人たちも、自分たちの国が帝国ではなく王国であることに何の不満も持っていなかった。「帝国」の方が脅しが効くとか格好いいとか偉そうとかいう感覚も無かった。・・・のですよ。

 ただ、研究者によると当時も非公式な場ではスペイン王国とその属領群(ナポリやネーデルラント、ヌエバ・エスパーニャ、ポルトガルなど)を総称して「帝国」という言い方をすることがあったそうです。そしてまた、レベルテの旦那もスペインを差してimperioという表現を使っている。例えば原著14頁にはこんな一節がある。

「Que si aquella infeliz España era ya un imperio en decadencia(スペインは斜陽の帝国と言って良かった)」

 かような次第で、4巻の邦題には「帝国」という言葉を使っております。「スペインは王国だろ!」という突っ込みが入る前にご説明しておきます。
 
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by waka_moana | 2007-02-02 01:06 | うらよみ
 もう3巻も(ネット書店では品切れが続いておりますが)店頭に並んだことですし、少し具体的に3巻の内容に言及したお話も書こうかと思います。

 この歳末のクソ忙しい中で3巻を読了された方がどれほどおられるかは判りませんが、隊長がカルタヘナ歩兵連隊で何をやっていたか、つまり兵科は何であったかが判明する辺りまでは、読み進められた方もおられるかもしれません。

 「マスケット銃兵」と書いて「ムスケテーロ」と読ませる。原語表記だとmosquetero。これが隊長のお役目でした。パイク(長槍)兵の方陣の両翼に展開して、接近してくる敵兵を狙い撃ちするのがお仕事です。使っていたのはもちろん、マスケット銃。棒で銃身を支えて撃つ、馬鹿でっかい火縄銃です。長野先生の筆になる美麗な表紙に描かれている通り。

 ところでこの「ムスケテーロ」。フランス人はこう呼びます。「ムスクテール」。ローマ字変換すればこれだ。Mousquetaire。

 さらに、この文字列を3倍にして冠詞を足すとこうなるぞ。「Les Trois Mousquetaires」。要するにあれです。「三銃士」。

 つまり、そういうことです。誰もが知るデュマ萌えのレベルテの旦那は、迷うことなく隊長を「銃士」にしたってことです。さすがに「ムスケテーロ」に「銃士」という訳語を使う度胸はありませんでしたけどね、私。というのは、ダルタニャン将軍若かりし頃に所属しておられた「銃士隊」というのは、単なるマスケット銃兵の集団というものではなく、国王が居城の外に居る間の身辺護衛をも担当する、言わば最精鋭の部隊でもあったからです。単にマスケット銃を担いでいるだけの愚連隊だったアラトリステ分隊とはわけが違うのでした。

 ちなみにフランスに「銃士隊」が生まれたのは1622年、ですから3巻の物語の2年前。おポンチなイングランド人がマドリッドでナンパに明け暮れていた時期ですね。創設したのはルイ13世。我らがフェリペ4世陛下の后殿下、イサベル王妃のお兄さんです。そして隊長たちがブレダの塹壕でシラミと戦っていたまさにその年、若きダルタニャンはガスコーニュからパリに上って、ミレディとかロシュフォールと絡みながらロンドンに向かい、あのおポンチなイングランド人の片割れに会うんです。

 僕らの若きヒーロー、イニゴくんが最後は近衛連隊の将校にまで出世させてもらえたのも、実はレベルテの旦那のデュマ・トリビュートなんでないかと見ています。というのはですね。ダルタニャン物語のエピソード2「三十年後」というお話の舞台は1648年。隊長がロクロワの戦いで立ったまま壮絶な最期を遂げてから4年後。

 この時、ダルタニャンはフランスの近衛隊たる銃士隊の副隊長としてルイ14世に仕える立場でした。そしてイニゴはカスティーリャ王国近衛隊の隊長としてフェリペ4世に仕える立場でした。ほぼ同格の近衛将校だったわけですよ。となると、「アラトリステ」シリーズは実は、「ダルタニャン物語」をピレネー山脈沿いに折り返して転写した物語なんじゃないのかと見たくなりますですよ。ねえ。
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by waka_moana | 2006-12-28 01:07 | うらよみ

中庭ってどこだ?

 ふと気になったのですが、2巻中盤でイニゴくんが拉致られたトレドの地下牢って、どこにあるんでしょうかね。

 作中の描写によれば、彼はトレドのどこかの施設の中庭で馬車から降ろされ、そのまま地下牢にブチ込まれたとあります。じゃあ、その施設ってどこにあるのか?

 念のため、トレドの地図を眺めてみました。

 トレドって狭い狭い町でして、旧市街の面積は1平方キロメートルあるかないかくらいなんです。タホ川が周囲を巻いて流れる屈曲部に築かれた城市ですからね。埼玉県日高市の高麗川巾着田と大して変わらない形と広さ。

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 町の歴史としても、16世紀半ばにフェリペ2世がこの町からマドリッドに遷都して以降は、20世紀のスペイン内戦を除いてほとんど時の流れから取り残されているようなもんですからね。17世紀に存在して21世紀には存在しない「ごっつい建物」というのは無い。

 では、彼はどこに居たのか?

 トレドの象徴、カテドラル(大聖堂)でしょうか?
 たしかにここはカトリック教会の牙城だし、中庭もある。
c0075800_23223390.jpg

 しかしこの中庭は平面図を見ると、馬車が入れるような構造になっていない。本当にただの四角い中庭です。同様の理由でカテドラルの次に大きなサン・ファン・デ・ロス・レジェス教会も消えた。

 あるいはアルカザル(城塞)なのでしょうか?
 ここはフェリペ2世が遷都するまではスペイン王家の居城でしたが、フェリペ2世が出ていった後は士官学校になっていました。それに構造として中庭というものが無い。庭ならでっかいのがありますけども。

 サンタ・クルス病院というのもある。これはトレドの大司教が企画して、イサベル女王の時代に完成した病院です。病院ですよ。そんなとこを異端審問プレイの会場にしますかねえ・・・?

 こうやって考えていくと、次のような結論を出さざるを得ません。

「イニゴくんが拉致られていたのは、教会や宮殿や監獄の中ではなく、ごくありふれた屋敷の地下だった。」

 つまり、作中で異端審問所が使っていたのは、バスチーユ牢獄や巣鴨プリズンや伝馬町牢屋敷のような専用設計の監獄でもなければ、巨大な城塞や大聖堂の地下のイケナイ空間でもなく、ただのお屋敷だったのではないかってことですね。いやしかし、この町はローマ時代からの地層が積み重なってるから、単純に敷地の地下を掘ったら確実に中世以前の遺構が出てきてしまう。となると、イニゴくんがネズミとともに何日も過ごした地下牢というのは、やはり中世以前の遺構の流用だったのだろうなあ、となるのであります。



(写真は故・清水理恵さんによるもの)
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by waka_moana | 2006-10-06 23:20 | うらよみ
 我らが隊長の所属連隊といえば、世に聞こえた「カルタヘナ歩兵連隊(
El tercio de Cartagena)」が有名です。

 でも、何でカルタヘナなのか?
 
 今、カルタヘナというと最初に「ああ、あれね」となるのは、スペインではなくコロンビア共和国にある町の方。なんたって世界遺産ですからねえ。しかしもちろん、隊長が所属していたのは、ムルシア地方のカルタヘナの方でしょう。

 どうもこの「カルタヘナ歩兵連隊」というのは架空の部隊のようですし、どういった意味合いがあるのか色々考えてみたのですが、どうにもねえ。

 これ以外、私にはカルタヘナである理由が思いつかない。

「レベルテの旦那の生まれ故郷がカルタヘナだから。」
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by waka_moana | 2006-09-28 17:33 | うらよみ

ピレネーを挟んで

 作者レベルテの旦那がデュマ大好きなことは、「カピタン・アラトリステ」シリーズの1巻で、『三銃士』の劇中の事件を史実としてイニゴに語らせていることからも明らかです。

 それじゃあ、「三銃士」と「カピタン・アラトリステ」、時代はどんな関係になっているかご存じですか?

 ちょっと確認してみましょう。まず、「三銃士」で若き日のダルタニャンがガスコーニュからパリに出てきて銃士隊に入ったのはいつ頃なのか?

 「三銃士」の前半のお話のあらすじはこうです。「ルイ13世の王妃アンヌはイングランドの大貴族バッキンガム公爵ジョルジュ・ド・ヴィリエと密かに恋仲であった。これを宰相リシュリュー枢機卿が知り、王妃の不倫を暴こうとするが、三銃士とダルタニャンの活躍でこの陰謀は阻まれる。」

 あー、「ジョルジュ・ド・ヴィリエ」というのは「ジョージ・ヴィリヤーズ」のフランス語読みです。なんかそんな感じの人、「アラトリステ」にも出てましたね。たしか作中で爵位が一つ上がって公爵になったような・・・。

 で、後半のあらすじはこう。「リシュリュー枢機卿のスパイだったミレディはラ・ロシェル攻防戦のさなか、イングランドに渡ってバッキンガム公爵暗殺に成功するが、フランスに戻ったところで三銃士とダルタニャンに捕らえられ、処刑される。」

 ということで「三銃士」の物語が展開していたのは1627年前後。バッキンガム公爵が死んだのは1628年ですから、若き日のダルタニャンの物語が終わったのは1628年で確定です。つまり「アラトリステ」1巻の4-5年後ですね。3巻でアラトリステとイニゴはフランドルの地に向かってブレダ攻城戦に参加していますが、これは1625年。ダルタニャンがまだガスコーニュで剣の練習に明け暮れていた頃です。

 ちなみに将来的にカピタンやイニゴくんと銃士隊の面々は絡むのか? 絡んでもおかしくはないですねえ。だって「アラトリステ」シリーズは「三銃士」シリーズへのオマージュであり、同じ作品世界を共有しているんですから。「三銃士」へのオマージュといえば、佐藤賢一さんの名作『二人のガスコン』が思い出されるのですが、レベルテの旦那にも是非、直接の絡みをお願いしたいとこです。

 なお、史実ではスペインとフランスは1635年から戦争状態に入り、1643年のロクロワの戦いでスペインがフランスに決定的な敗北を喫します。
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by waka_moana | 2006-07-18 18:11 | うらよみ