「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
カレンダー

<   2006年 11月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 すみません、まだ見落としていた誤訳がありました。1文字違いで大違いといいましょうか・・・・。

161頁

×「例えばベネチアでオスーナ公爵を奇襲した際」
○「例えばベネチアをオスーナ公爵が奇襲した際」

 ここは、ケベードとオスーナ公爵の話です。オスーナ公爵の親友のケベードが何故オスーナ公爵を奇襲してしまうのかという指摘をいただいて発見しました。申し訳なし。

 罪滅ぼしというわけではないですが、何でベネチアをオスーナ公爵が襲うのかご説明しておきます。まずオスーナ公爵、この人は第三代オスーナ公爵のペドロ=テレス・ヒロンという人物なんですけれども、1616年から4年間はナポリ副王という地位に居ました。当時スペインが持っていたイタリア南半分の代表取締役ですね。

 それでこの人の手元にはそれなりに強力な海上戦力があって(実は隊長もナポリのスペイン海軍に参加していたことがありますが、オスーナ公爵の副王就任前にナポリを離れています)、地中海に展開していました。当時の地中海の状況はというと、スペイン対オスマン・トルコ&ベネチアという対立の構図。

 おいおいレパントの海戦の時と「対」と「&」の位置が違うじゃないかって話ですが、スペインとしてはイタリア半島の付け根あたりをがっちりと押さえておきたかったんですね。ミラノは持っているけれども、そこから神聖ローマ皇帝領であるオーストリアに抜ける、いわゆる「スペイン街道」は、フランスやスイス、ベネチアなどの勢力に常に脅かされていましたから。出来ればこの地域の最大勢力であるベネチアには潰れて欲しい。もちろんベネチアは冗談じゃないとなる。

 となれば、当然ベネチア的に見て敵の中ボスはオスーナ公爵ということになります。ちなみにベネチアもオスーナ公爵を襲ったことがあるようです(笑)。

 一方のケベードですが、彼はオスーナ公爵の使者としてベネチアに行っていたことがあるらしいんですどうやら。「物乞いの振りをして追っ手を撒く羽目になった」というのは、多分この時なんじゃないかと思います。

 ちなみにこの頃のスペインとベネチアの対立の詳細は中々資料が無くて、私にもまだ良く理解出来ておりません。当時のスペインの敵は手強い順にフランス、イングランド、オランダでしたから、地中海戦線は主正面じゃなかったんですよ。だからなかなかこちらを解説した資料が出てこない。どなたか詳しい方がおられましたら、是非とも解説をいただきたいものです。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-30 00:49 | ごあいさつ

もう一つの引っかけ

 「ヘラクレスの柱」の話というかこぼれ話がもう一つあります。

 実は、「ヘラクレスの並木道」を探り当てる前に、ルート分岐で間違えてバッドエンディングに向かいかけたんですよ。非常に巧妙なひっかけでした。それがこれ。

c0075800_0541320.jpg


 これ、スペイン王国の紋章です。左上のお城がカスティーリャ王国、右上の獅子がレオン王国、左下のしましまがアラゴン王国、右下のこれは十字と聖アンドレアス十字(X字)、それに輪になった鎖を組み合わせたもので、ナヴァラ王国の紋章です。さらに盾の下の尖った部分の石榴はグラナダを表しています。中央の丸の中にある三つの百合の花はブルボン家の紋章。

 それで盾の左右に突っ立っている二本の柱なんですが、これが実は「ヘラクレスの柱」すなわちジブラルタル海峡を象徴しているんだそうですよ。柱の上にある二つの冠はそれぞれスペイン王国と神聖ローマ帝国の冠なんだとか。カルロス1世(カール5世)の痕跡ですな。ラテン語のモットー「plus ultra」は日本語にすれば「さらに先へ」。

 イニゴくんの彼女といえば王妃付きの女官ですから、この紋章が何か関係あるのかと思ってしまいました。関係無かったんですけど。

 ちなみに現在の国王、ファン・カルロス1世個人の紋章は、この紋章から「ジブラルタルの柱」を抜いて、その代わりに聖アンドレアス十字(ブルゴーニュ公爵家の象徴)と金羊毛騎士団の紋章を組み合わせたものです。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-29 01:03 | 王様たちのはなし

何かおかしいと思ったぜ

 現在は4巻5章をやっていますが、今日はまた妖しい箇所で思わず珍訳を見逃すところでした。

 今日のお題は「ヘラクレスの柱」。

 何だと思いますか? ちょっとググってみてくださいよ。そう、ジブラルタル海峡の雅名です。これはもともとギリシア神話に由来します。英雄ヘラクレスがエウリュステス王に課された12の難題の10番目のエピソードがネタ元です。

 ヘラクレスはイベリア半島にいるゲリュオンという三つ首の怪獣が飼っている牛を連れてくるよう言いつけられます。ヘラクレスはアフリカ大陸の北岸沿いにイベリア半島に向かいます。

 さて、ヘラクレスが世界の西の果てに来ると、そこにはかつてゼウスと戦って敗れ、天の西の縁を肩で支え続ける刑罰を受けた巨人アトラスのなれの果てがありました。巨人だけにその亡骸アトラス山脈も巨大でして、邪魔くさくて通れません。そこでヘラクレスは持っていたメイスでこの山を真っ二つに粉砕してしまいます。この時、ヘラクレスのメイスが叩きつけられた場所がジブラルタル海峡になり、アトラスの亡骸はジブラルタルの岩山とセウタのアチョ山になったとされます。後世の人々はこの二つの山を「ヘラクレスの柱」と呼んだのです。

 まあ、ヘラクレスの11番目の難事「ヘスペリデスの黄金の林檎を持ってくる」というエピソードではアトラスは何故か生きている(彼がアトラス山脈になったのはもっと後、ペルセウスがメデューサの生首を見せた時)という矛盾もあるんですが、それはまあ良いとしましょう。

 問題はですよ。イニゴくんが彼女に呼び出されてフラフラ出向くセビージャの町はずれに「ヘラクレスの柱」が突っ立っているなんて描写だ。そんなもんどう考えてもサイズおかしいやろ。え。ロック・オブ・ジブラルタルがセビージャの街中に置いてあるわけがない。

 おかしい。

 何だこれは。
 
 散々調べましたよ、ええ。正解はこういうことでした。セビージャの北側、マカレナ地区に「ヘラクレスの並木道(la Alameda de Hércules)」という有名な並木道があるんです。そうねえ、鎌倉の段葛みたいなもんですかね。16世紀中頃にバラハス伯爵なる人物が作ったそうで、その入り口には近所の古代ローマ遺跡から引っこ抜いて来た大理石の柱が2本立てられているんだそうです。そんでその柱頭にはそれぞれフリオ・セサルとヘラクレスの像が置いてある。だからその並木道を「ヘラクレスの並木道」と呼ぶんだと。

c0075800_19155919.jpg


 となると訳語「ヘラクレスの柱」はノーグッドです。ジブラルタル海峡を連想する人もいるでしょうからね。「ヘラクレスの像が置かれた石柱」に修正して、ここまで1時間。オポチュニティコスト激高っすな。

 あっ。もう一つトラップありました。「フリオ・セサル」ってパラグアイ代表のミッドフィールダーのことじゃないですからね。例によって有名人のスペイン語読み。塩野七生が萌えまくるあの人のことです。3巻ではスペイン語読みのままで出てきますから要注意。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-28 16:46 | 文化

根性焼きじゃないですか

 アマゾンで『アラトリステⅢ:ブレダの太陽』の予約が始まったんだそうです。2巻までは発売日から何日も経たないと買えなかったのに、不思議なものです。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4900405124

 しかし、2巻まではアラビア数字で1、2と表記されているのに、3巻ではローマ数字。何でこういうことになるのやら。

 私のところでは4巻の4章をやっています。3巻までとは1章あたりの長さが全く違う(倍くらいあるぞ)んで、ペースが掴みづらいですね。この章では「根性焼き」のシーンが出てきてグロいです。スペインでもこういうバカな遊びをやる人がいるんですねえ。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-24 11:07 | 翻訳作業

王国じゃないってば

 今日も怖いミスを寸でのところで防ぎました。

 皆様の強いご要望にお応えして3巻に掲載されることになったヨーロッパ地図。イタリア半島の東側の付け根のところに「ヴェネチア王国」なんて不思議な文字列が紛れ込んでおります。

 王国・・・? 王国なわけ無いじゃないか!!!

 かの地は8世紀より共和国なのでございますよ。ええ。ご存じでしたか? 正式な国名を日本語に写し取るとこうなる。

「最も平和なるベネチア共和国」

 こんな風に書きます。「Serenìsima Repùblica Vèneta」。お洒落さんというのか夜郎自大というのか(笑)。とりあえず地図には「ヴェネチア共和国」と書けと厳命しておきました。正式国名を書くスペースが無いので。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-23 15:08 | 文化

3巻校了

 今日は夕方からお台場で年末恒例の手話ソング&デフ・ダンスの祭典「D'Live」だったのですが、しかしその前には午前中に届いた3巻エピローグ他のゲラチェックでした。

 作者紹介のところとか、真っ赤な修正の嵐を加えてFAX。これで3巻の作業は(うちでは)全部終了です。個人的にはすご~~~~く好きな巻なんですが、1巻2巻とは全く趣が違いますから、どんな評価を受けることになるか、かなり怯えております。

 
[PR]
by waka_moana | 2006-11-19 23:57 | 翻訳作業
 「アラトリステⅢ・ブレダの太陽」の校正、佳境に入ったと申しましょうか、亜空間に突入したと嘆きましょうか。

 重力崩壊気分を味わえる過激なミスが見つかって阿鼻叫喚です。違う章の挿絵が変な所に入っていたなんて可愛いもんだって思えてくるよ・・・・。あはははは。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-17 21:33 | 翻訳作業
 昨日、今日と3巻のゲラに赤を入れてはO内の家にFAXで送信するという作業をやっていました。というかゲラが届いていないのに校正の〆切を設定するのは止めてくださいよ、○○○○○さん(涙)。隊長の時代のフランドルからマドリッドみたいに中30日かかるなんてこたあありませんが、名古屋と東京の間を文書を行き来させるには、往復だけで4日かかるんすから。

 そんなわけで、妻が帰宅した後は仕事をしないという自己規制を昨日は解除。23時過ぎまでゲラのチェックしてました。そんで朝7時にはO内に送稿。6章まで終わらせました。それで感じたのですが、やはり5章、6章は凄いです。これまでの「アラトリステ」シリーズの中でも別格のオーラを放っている章だと思います。凄惨なんだけど、どこか静謐な雰囲気もある。そしてとても哀しい章でもある。巻を重ねるごとに切れ味が増していく旦那の筆ですが、これが4巻になると、今の所はまた1巻のノリに戻って痛快剣客活劇なんですねえ。旦那、芸風の変化の規則性が読めません。

 ところで皆様、ジョージ・フレデリック・ハンデルって人、知ってますか? 知らない? 原語表記はこうなります。

George Frideric Handel

 わかりますか? この方、イングランド人なんですが、生まれはドイツです。ドイツ人だったときの名前はこう書きます。

Georg Friedrich Händel

 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルと読む。作曲家です。代表作はオラトリオ「メサイア」。あるいは「水上の音楽」。オペラ「クセルクセス」。そうです、あのヘンデルです。

 ハンデル氏は25歳の時にハノーヴァー選帝公の宮廷に楽長として迎えられたのですが、この主人の奥様が実はイングランドとスコットランドの女王様だったんですよ。アン女王。で、アン女王亡き後、ご主人様がそれらの王位を引き継いだ。ジョージ1世です。ハノーヴァー朝(現在のウィンザー朝の元の名前)の開祖の人。

 で、そのご主人にくっついてイングランドの宮廷楽長になり、そのままイングランド国籍を取得して名前も変えた。綴り方を変えた。ドイツ人やドイツ系音楽美学の強い日本の音楽学・音楽教育学界では「ヘンデルはドイツ人」ということになっているけれど、でも後半生は紛れもなくイギリス人ジョージ・フレデリック・ハンデル氏だった。

 このトラップ、私も3巻で踏みました。ハンデル氏じゃありません。謎のイタリヤ人フリオ・マッツァリーノ。せっかく旦那がヒントをつけておいてくれたのに、翻訳作業中は怪人マッツァリーノが後シテで誰になったか気づかなかった私です。間に合えば注にしておきますけど、間に合わなかったら・・・・・100人中99人は気づかないで流しちゃうだろうな。

 え? マッツァリーノの後シテが誰かって? 別の名前で世界史の教科書に出てますよ。偽装履修でなければ「絶対王政の成立」って章で必ず憶えさせられる人ね。正解はコメント欄に誰かが書いてくれるでしょう↓。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-16 22:44 | 文化

倍付けだ

 今日は3巻のゲラが届きましたので、4巻4章の作業を一次中断して翻訳者校正。2巻はO内が代表して校正しましたが、3巻は私とO内の二重チェックが入るようです。

 繰り返すな1巻の醜態。
[PR]
by waka_moana | 2006-11-15 14:26 | 翻訳作業

3章送稿

 4巻「El Oro del ray」3章を仕上げて本日送稿しました。

 なんか4巻、各章が長いです。

 この章はグアダルメディーナ伯爵が良い味出していましたね。

 ちなみにこの原題ですけれども、直訳すると「王の金」。金というのはmoneyではなくてgoldのことです。これ、どういう邦題にするかO内も悩んでいるようです。というのは、詳しく書くとネタバレなんですが、この原題、私が数える限りでは四重くらいの隠喩が仕込んであるんです。四重っすよ。それを上手く邦題に写し取らないといかん。

 どうなるんでしょうね。私も意見を求められたので「帝国の黄金」でどうだと返事をしておきましたけど。3巻「El Sol de Breda」はもうそのまんま「ブレダの太陽」で決まりだと思います。これは単純だもんな。といってもレベルテの旦那のことですから、きっちり暗喩を仕込んであるんですけどね。それは(憶えていたら)3巻発売時にご説明します。「アラトリステ」を読んでいるだけではわからない、17世紀スペイン史を頭に入れてあると「もしかしてこういうことか?」と思うようなネタであります。

 ところで関係無いですが、拙訳『星の航海術をもとめて』の書評が12日付けの日本経済新聞に掲載されました。ありがたいことです。

 
[PR]
by waka_moana | 2006-11-14 19:26 | 翻訳作業