「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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Lowlands of Holland

 ブリテン島で古くから歌い継がれてきた民謡の中でも最も有名な曲の一つが「Lowlands of Holland」です。「オランダの低地」。

 最初にチャップブック(面白いニュースとそれをネタにした替え歌の歌詞を印刷したもの)にこの曲が出たのがおそらく1760年。ですが起源はもっと古いです。いつ頃この曲が出現したのかは、もちろん誰も知らない。

 歌詞は無数のヴァリアントがありますけれども、まあだいたいがこんな感じです。

The first night I was married and on my married bed,
Up comes a bold sea captain and stood at my bed,
Arise, arise young marrieed man and come along with me,
to the Lowlands of Holland to face your enemy!

I held my lover in my arms still thinking he might stay,
But the captain gave another shout; he was forced to ga away:
"Tis many a bright young married man this night must go with me,
To the Lowlands of Holland to fight the enemy!"

The took my love to a gallant ship, a ship of noble fame,
With four-and-twenty seaman bold to steer across the main;
The storm then began to rise, and the sea began to shout;
"Twas when my love and his gallant ship were sorely tossed about."

Says the mother to the daughter, "What makes you so lament?
Is there ne'er a man in irleand, who will please your discontent."
There are men enough in Ireland, but none at all for me
I only love but one man, and he's across the sea.

I'll wear not shoe or stocking, or comb put in my hair,
Nor fire bright nor candle light shallo show my beauty rare.
And never will I married be until the day I die
For the Lowlands of Hollandare between my love and I.

 新婚初夜の船乗りの寝室にイングランド海軍の兵士達が乱入してきて、夫を強制連行して軍船の船員にするというお話。「オランダの低地でお前の敵が待っているんだ、さっさと来い!」というのが決め台詞ですね。

 こうやって一般市民を無理矢理軍人にする(給料は出ます・・・安いけど。当時の民間船の船乗りと比較して言えば薄給優遇。民間船は高給冷遇でした)ということは、イングランドでは法律で許可されていたんですね。impressmentと呼ばれます。始まったのはエリザベス1世の頃。終わったのは19世紀。こうやって実際に強制連行をする連中は「press gang」と呼ばれて忌み嫌われていました。たしかホーンブロワーの3巻あたりにこのシーンがありましたね。拉致られた船乗りは最後に戦死しちゃったんじゃないかな。

 この歌で言う「オランダの低地で待っている敵」とは誰のことか? わかりません。作詞者が誰かもわからんですからね。ただ、1760年以前の戦争であることは確か。エリザベス1世(在位1558 - 1603年)の時代から1760年までで、イングランド軍がオランダで戦争をやったというと・・・

・八十年戦争(オランダ独立戦争)←「ブレダの太陽」はこの戦争が舞台
・英蘭戦争(第一次から三次まで)←昨日の友(オランダ)は今日の敵・・・
・ネーデルラント継承戦争←昨日の敵(オランダ)は今日の友・・・・
・スペイン継承戦争←今度はオーストリア・ハプスブルグとも組んでます
・オーストリア継承戦争←前回の続き

 ・・・・お前ら戦争やりすぎ。しかも殆どの大きな戦争でネーデルランドに兵隊出してますがな。これでは全く同定不可能ですね。とはいえ、一応は隊長たちの時代の可能性もある。というより、似たような戦争が起こる度にこの歌が広まっていったんじゃないかと思います。言い換えれば、歌詞に出てくる「お前の敵」はスペイン軍でもあったでしょうし、フランス軍でもあった。オランダ軍を念頭に歌われたことももちろんあった。

 のではないでしょうか。
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by waka_moana | 2007-02-21 16:43 | うらよみ

a child is born

 夕方、妻を病院に送っていった時のことです。食堂でメールを打っていたら年配の女性が公衆電話で話していました。「今日、主人が亡くなったので・・・」

 深夜、分娩室で息子が生まれるところに立ち会って来ました。出てきた時は凄い泣き声を上げていたんですが、その後は難しい顔で考え込んだままです。・・・・・哲学者の息子はやはり哲学者なんでしょうか。

 人ひとり生まれてくるにもこれだけ大騒ぎがあるんですね。気軽に死ぬとか死ねとか殺すとか口走っているあほたれは大勢いますが、人の生き死にというのは厳粛なものなんだなと思いました。日本をイニゴやアラトリステが生きた時代のような場所にしてはいかん。つくづくそう思いましたね。
 
 いつか息子を連れてレオンの、隊長の故郷に行きます。
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by waka_moana | 2007-02-11 00:51 | ごあいさつ

帝国の黄金

 4巻の邦題は「帝国の黄金」になったみたいですね。原題は「El oro del Rey」。「王の金」。

 なんか意味不明ですね。いや、たしかにフェリペ4世陛下の所有となる金も出てきますよ。元素記号はAuね。ただ・・・・邦題としちゃあ不細工じゃないですか。何かえれえ俗臭にまみれた単語が「の」で繋がってるだけ、みたいな。ねえ。「都知事の金」「首相の金」みたいな字面。ロマンが無い。

 そこで再び強い意訳フィルターをかけてみた結果がこれでした。4巻は王室財政の話であり、王様の持っているAuの話であり、そしてスペインの黄金時代の落日の話でもあります。

 ここで一応ご説明しておきますと、当時、スペインは王国でした。Reino de Espana。帝国imperioではなかった。当時、正式にimperioと呼ばれていたのは親戚のところ、神聖ローマ帝国Imperio Romano Santoだけです。そしてスペイン人たちも、自分たちの国が帝国ではなく王国であることに何の不満も持っていなかった。「帝国」の方が脅しが効くとか格好いいとか偉そうとかいう感覚も無かった。・・・のですよ。

 ただ、研究者によると当時も非公式な場ではスペイン王国とその属領群(ナポリやネーデルラント、ヌエバ・エスパーニャ、ポルトガルなど)を総称して「帝国」という言い方をすることがあったそうです。そしてまた、レベルテの旦那もスペインを差してimperioという表現を使っている。例えば原著14頁にはこんな一節がある。

「Que si aquella infeliz España era ya un imperio en decadencia(スペインは斜陽の帝国と言って良かった)」

 かような次第で、4巻の邦題には「帝国」という言葉を使っております。「スペインは王国だろ!」という突っ込みが入る前にご説明しておきます。
 
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by waka_moana | 2007-02-02 01:06 | うらよみ