「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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 実は映画版のパンフのストーリー解説も私が書いたんですが、校正段階でこんな感じのやりとりが何度か交わされました。

編集者「あの~、××が××したっていう記述なんですけど、これは映画版にもありましたか? さっき配給元さんの方から問い合わせがあって・・・。」
かとう「それはですね、××が××するシーンで、××が『×××』って言いますよね?」
編集者「ええ。」
かとう「その後に××が出てきて『×××』って言ってますよね。これは要するに×××を×××するって意味なんです。」
編集者「え? そうなんですか?」
かとう「そうなんです。でないと×××が×××するシーンで××が『×××』って言っている意味が無くなっちゃいます。」
編集者「なるほど~。」


 いや、編集者さんや配給元の担当者が伏線読み取れてない部分もあるのはしょうがないと思うんですよ。みんな似たような服装してるから、誰がどの場面で出てきたのか、把握しづらいのも事実ですし。原作では4巻半ばのセビージャ監獄の章で活躍するガンスーアが、よく見るとブレダの塹壕にも出演してたりとかね。

 そんなわけで、パンフレット、少なくとも1度は目を通してから映画を見る機会を持っていただくと、伏線落としをかなり防げるのではないかと思います。もともと大まかなストーリーは知れている作品なわけですし、能や歌舞伎の古典と同じで、ストーリーを予め知っていても楽しめる映画だと考えます。能や歌舞伎、オペラなんかもそうですけど、観る人の大半はストーリーを細部まで知っていて、「この役者はどんな風にこの役を演じるのか」を楽しみますよね。アラトリステもそれと同じで、隊長や師匠や爺をいかに役者さんが演じているかを楽しむ。おそらくスペイン人はそのようにしてこの映画を観たんじゃないかと。
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by waka_moana | 2008-11-29 16:30 | 映画

ボツ原稿リサイクル

 映画のパンフに2バージョン書いた時代背景解説のうち、使わなかった方をリサイクルしておきます。パンフの方は今日、校正しちゃいます。

==

 本作の主人公アラトリステが活躍したのは、17世紀前半のヨーロッパですが、当時のヨーロッパの状況はどのようなものだったのでしょうか? まず皆さんに憶えていただきたいのは、当時のヨーロッパ人のものの見方・考え方は、私たち現代の日本人とは全く異なるものであると同時に、現代のヨーロッパ人のそれとも相当に異なっているということです。

 例えば現代の工業化社会においては、悪いことをしたら死後に地獄に堕ちるということを本気で信じている人は、あまり多くありません。しかし、当時のヨーロッパ人にとって、死後に天国に行けるかどうかは極めて切実な問題だったのです。また私たちは、ある個人が誰と結婚するとか、どんな職業に就くとか、どこに住むということについて、本人の自由意志を尊重すべきであると当たり前のように考えていますし、全ての人間の価値は本来同じである、つまり、人間というものは平等な存在でなければならないとも考えています。ですが、こうした考え方がヨーロッパに初めて登場したのは、フランス革命の時の「人権宣言」によってですから、アラトリステの死後、実に145年もの歳月が流れているということになります。ですから、私たちは本作を見る時に、登場人物たちが「自由・平等・友愛」という、現代社会において普遍的なものとされている価値観とは無縁の存在であることを頭に入れておかなければならないのです。端的に言えば、「アラトリステ」の世界とは、王族や貴族と平民であれば、王族や貴族の方が価値が高いということを、王族も貴族も平民も当たり前のこととして受け止めている世界であり、また、キリスト教会が推奨する生き方を実践しなければ、死後は地獄に堕ちて永遠の苦しみを味わうということを誰もが心の底から信じている世界なのです。

 次に当時の政治状況を見ていきましょう。まず、最も大きな状況としてあるのは、16世紀に始まった宗教改革によるカトリックとプロテスタントの対立です。大まかに言えば、ヨーロッパの北の方(イングランド、オランダ、スウェーデンなど)がカトリックに対して叛旗を翻していたのですが、スペインはカトリック側の超大国としてオランダやイングランドと泥沼の抗争を繰り広げていました。ドイツは当時、神聖ローマ帝国という国で、皇帝はもちろんカトリックの熱烈な信者でしたが、国内はカトリックの貴族とプロテスタントの貴族に分かれて内戦状態となっていました。すなわち三十年戦争です。

 しかし、ここが解りにくい点なのですが、当時のヨーロッパの国際政治は宗教だけを対立軸としていたわけではないのです。宗教戦争と裏表の関係にあったのは、王家と王家の間の領土拡張抗争です。本作に特に関係するのはドイツ、スペイン、ポルトガル、オランダ、イタリア半島の半分近くなど巨大な領地を持っていたハプスブルグ家、フランスのブルボン家、イングランドやスコットランドやアイルランドを持っていたスチュアート家です。これらの王家の領土獲得は、二つの方法で行われました。一つは婚姻です。よその王家や大公家との間に婚姻関係を幾重にも張り巡らしておくわけです。そうした婚姻関係の全てが領土拡張に役立つわけではありませんが、どこかの王様や大公様が死んだ時に、一族の中にタイミング良く相続権を手にしていた人間がいれば得られるものは大きく、ハプスブルグ家もこの方法でスペインを手に入れたのです。なお、当時のヨーロッパでは、各国の王家は結局のところ全て遠い親戚同士でしたから、国民の方は何処の出身の誰が新しい王様になろうと、あまり気にしなかったようです。本作の序盤では、このような「婚姻関係」による領土拡張を狙う人物が重要な役回りを演じます。

 もう一つの領土拡張方法は、既におわかりのように戦争です。こちらはお金もかかるしリスクも大きい割に、あまり大きな成果が得られないのですが、それでもスペインは結果的に1659年にフランスに負けてルシヨン地方を取られたりしているのですから、手を引くわけにもいきません。そして、このような王室間の戦争を請け負っていたのが、有力な貴族に雇われた傭兵たちであり、アラトリステやイニゴもまた生涯の大部分を傭兵として生きたのです。

 しかしながら、傭兵というのは当時でも最底辺の仕事でした。昔流行った言い方ですが、まさに「きつい、汚い、危険」の三拍子が揃った職場であり、しかも薄給の有期雇用で怪我や戦死の際の保障も無かったのです。何故このような職場がそれでも存続していたのかと言えば、当時のヨーロッパもまた格差社会であり、親の生業を継承出来ない子供は傭兵にでもなるか、乞食になるか以外にあまり選択肢が無かったからです。特にスペインという国は上と下の差が激しい国で、莫大な土地を持つ貴族たちが優雅に暮らしている一方、平民は厳しい暮らしを強いられていました。そんな歪な社会構造を持つスペインが、それでもなお超大国であり続けられたのは、ひとえにこれ、新大陸から運ばれてくる金銀や稀少財をスペイン王室が独占的に扱っていたからです。原作の4巻にあたるエピソードでは、アラトリステはこのスペイン王室の生命線を脅かそうとする勢力と王室との暗闘の最前線に身を投じることになります。

 ですが、超大国スペインの覇権はこの時代、既に翳りを見せ始めていました。ハプスブルグ家は、そうやって新大陸から搾り取った莫大な富を自国内の産業育成に投資する代わりに、カトリックに刃向かう勢力との泥沼の戦争に使い続けて浪費していたのです。ここで百歩譲ってそうした戦争が仕方無かったものとしましょう。もしも自国内に有力な商人たちが存在しており、スペインが戦争に使うお金がそれらの商人たちに支払われていたならば、新大陸の富は商人による資本の蓄積という形でスペイン国内に留まり、次の時代の産業を育てる原資になっていたでしょう。しかし、スペイン王家はグラナダに最後に残ったイスラム王朝を滅ぼしたその年に、ユダヤ人追放令を発してユダヤ人迫害を開始してもいたのです。スペイン王室によるユダヤ人迫害は、ユダヤ人の追放だけでなく、ユダヤ教からキリスト教に改宗したコンベルソ(改宗ユダヤ人)にも及びました。その結果、スペイン異端審問所をおそれたユダヤ系の商人たちがスペインから脱出していくこととなり、スペイン国内から有力な商人たちが姿を消していったのです。原作では3巻にあたるエピソードにおいて、アラトリステもまた改宗ユダヤ人とスペイン異端審問所の問題にぶつかることとなりましたが、スペインという国を生み出したイサベルとフェルナンドという、いわゆるカトリック両王は、コロンブスに西回り航路の探検航海の資金を与えるという形でスペインの絶頂期を準備しつつ、ユダヤ人迫害という形でその後のスペインの長い衰退期の種を蒔いてもいたのでした。
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by waka_moana | 2008-11-22 12:34 | 映画

お知らせ

 映画「アラトリステ」の劇場パンフに色々と文章を書くことになりました。

 彼が生きた時代、スペインの置かれた状況などなど、相当な分量を書き下ろします。本編が始まる前にこちらをお読みいただければ、映画の中身をより良く理解出来ると思います。

 あと、この仕事の為に何度もDVDを見直しているのですが、これ、かなり細かく伏線が張ってありますね。短い間に2度、3度、それくらい通して見た方が味わいが増す映画だと思います。個人的にコポンス兄貴が死ぬシーンは何度見てもつらくて泣きそうになるんですが・・・。
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by waka_moana | 2008-11-13 12:47 | 映画

映画版感想など

 全体としての感想ですが、さすがにアラトリステの後半生22年間を2時間15分で駆け抜けるという作りなだけに、「このシーンはもう少しじっくりと描写した方が味わいが出たよなあ」というシーンもそこそこありますね。きっと編集で落としたフッテージが沢山あるんでしょうし、そのうち3時間バージョンを作って欲しいですね。ですが、では2時間15分バージョンは駄目な映画かと言えば、そういうわけでもありません。原作者のコメントの意味が私にも良く解ります。

「完璧な映画ではないが、自分は感動した。」

 やはりね、アラトリステ役の俳優さんが凄く良い演技をしているんですよ。彼が出た映画は「指輪物語」と「クリムゾン・タイド」しか観たことがありませんけれども、個人的には「アラトリステ」の演技が一番印象に残りますね。原作のアラトリステの醸し出す厭世的な雰囲気を原作以上に表現している。というか原作のアラトリステよりも不幸な人に見える。得体の知れないCDを作って笑いを取っている人とはとても思えません。

 他の役者さんでは、ケベード役の人とマラテスタ師匠役の人が良いですね。コポンス兄ィ役の人も良い。アンヘリカ役の人はサービスシーンもあって嬉しいですけれども、そもそも原作のような悪の権化とは全く別のキャラですからねえ。グアダルメディーナ伯爵やフェリペ4世陛下はまあこんなとこかなと。

 原作をお読みになられた方なら、観て損は無いですよ。とにかく原作の雰囲気は100%かそれ以上のレベルで映像化されてますからね。これを観てしまうと、少なくとも隊長と師匠と兄貴と爺に関してはビジュアルイメージが固定されてしまうでしょう。それくらい、この4人のキャラ作りと演技は素晴らしいです。加えて、各種戦闘シーンの情景も「こういうものだったんだ」と納得出来ます。レイピアとマンゴーシュのコンビネーション、火縄銃やマスケット銃やピストルの使われ方、パイク兵と竜騎兵のぶつかり合いなどなど。

 原作をまだ読んでおられない方については、ハリウッド映画のような解りやすい映画しか受け付けないという方には厳しいかと思いますが(だってハリウッド映画って、早送りとか30秒スキップ連打でも内容わかるじゃないですか)、綺麗な絵づくりのヨーロッパ映画で17世紀スペインの雰囲気を存分に味わいたいとか、薄汚れた中年男が辛そうな顔をしているのがたまらないとか、そういうニーズはまずまず満たされると思います。アラトリステが施療院にマリア・デ・カストロを訪ねていくところとか、ロクロワでスペイン兵が次々に斃れていくところなんかは、さすがにグッとくるものがありますしね。ちなみに3巻の名脇役のブラガド中隊長はブレダの塹壕戦シーンだけでなく、ロクロワでも登場して美味しいところを持って行きます。
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by waka_moana | 2008-11-09 13:53 | 映画
 遅ればせながら映画「アラトリステ」を観ましてございます。

 感想は色々あるのですが、とにかく映像が美しいというのが一言目に来ますね。冒頭のフランドルの運河での戦闘シーン、マドリードの街中でマラテスタ師匠と会話するシーン、王宮内でオリバーレス伯公爵にネチネチいじられるシーン・・・。特に良いなと思ったのは、隊長がフランドルから戻ってきてカディスに上陸するシーンですね。夕陽の中、逆光の中で隊長やコポンス兄貴がイニゴに迎えられる(映画では原作と異なり、4巻のエピソードが1630年代前半に設定されています。イニゴはこの時期には隊長の従者を卒業して別行動を取っていたようです)のですが、この陰影の具合がまことに美しい。

 アラトリステとマリア・デ・カストロが結婚話をするシーンも絶品です。二人を画面の両端に配置して、画面の上半分は真っ黒にしてしまうというこの構図と配色は、カラバッジォかスルバランの絵が動いているような気分になります。素晴らしい。

 それから、戦闘シーンの迫力も相当なものがありますね。殺陣にずいぶんと拘って撮影された映画のようですが、確かに仕上がりを見ると納得出来ます。すげー痛そうです。ブレダ攻城戦のシーンはもう皆さん濡れ鼠で惨め感全開ですし、ロクロワの戦いでは戦場の悲惨さがこれでもかと描写されます。コポンスの兄貴が絶命するシーンとか、見てられません。

 マラテスタ師匠は、黒ずくめの服装な上に夜や物陰でばかり行動しているから、「あれ? 今のもしかして師匠?」という感じで、同じ黒ずくめでもダースベイダーのように出てくれば即判別とはいきませんが、やはり格好良いですね。しびれます。あと、イニゴ君なんですが、大人バージョンのイニゴがデコ(ポルトガル代表・チェルシーFC所属のサッカー選手)にそっくりで・・・・。

 ストーリーの方は原作とは細部の設定がかなり違いますね。主な変更点を挙げますと・・・

・グアダルメディーナ伯爵がアラトリステに助けられる場所はアフリカからフランドルに変更されている。
・マリア・デ・カストロとアラトリステの馴れ初めも大幅に早められている。
・原作ではアラトリステの本妻扱いであるカリダ姐さんが映画には登場せず、アラトリステはマリア・デ・カストロとの純愛を貫く。
・二人のイングランド人のエピソードでは、ボカネグラ神父の刺客に襲われるアラトリステを助ける人物がイニゴから別の人物に変更されている。
・ニクラースベルヘン号事件の時期が原作より10年遅らされている。
・アンヘリカのキャラが全面的に変更されている。原作版はビッグバン級悪女だが、映画版では叔父思いの素直な良い子になっている。

 ですから、映画版は言ってみれば「異説アラトリステ伝」というところですね。そもそも原作からして「イニゴの手記を現代の作家が偶然発見し、それをもとに小説仕立てにしたアラトリステの伝記を書いている」という設定なわけで、映画はパラレルワールドというよりも、同じ人物の生涯について別の解釈を行った作品として受け止めると、すっきりすると思います。

 もちろん、原作中の名場面も沢山出てきますよ。設定は微妙に異なってますけれどもね。例えばアラトリステがサルダーニャ警部補をわざと怒らせて隙を突くシーン。原作では5巻のクライマックス直前に出てきました。早朝、アラトリステがエル・エスコリアルを目指してマドリード市内を移動している時にサルダーニャ警部補がたった一人で現れて・・・・というのが原作でのアラトリステ対サルダーニャですが、映画では別の名場面とミックスされています。原作をお読みになられた方は、所々で「あ、これはあのシーンだ」とニヤニヤ出来るはずです。
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by waka_moana | 2008-11-08 13:46 | 映画