「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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ツイッターで噂を目にしたので読んでみましたが、普通に考えればあれは炎上した劇場版字幕の話ではないですかね?

追記:

何故私が上記のように考えるか。

1:劇場版は東北新社が誤訳の存在を認めて、わざわざ追加コストをかけて大幅な字幕の改訂を行っている。すなわち誰もが確認出来る形で誤訳の存在が公式に認められている。一方、DVD版での誤訳を主張する人物はアニメ脚本家・杉原めぐみを名乗る人物と、東北新社に大量の文書を送りつけているSを名乗る人物のみである。モーテンセン氏は当該インタビューにおいてどちらの版かを特定せずに誤訳があったと指摘しているので、少なくとも杉原が言うようなDVD版での誤訳の論拠としては成立しえない。

2:杉原が論拠の一つとしている東京外大の教員のブログは、アラトリステの映画やDVDを実見しておらず、単に杉原が主張するような文法的な間違いはありうると書いたのみで、論拠として成立していない。なお加藤は当該の教員にメールでアラトリステの映画を実見した上での主張かどうか確認している。

3:Sを名乗る人物が東北新社に送った文書における誤訳の主張については加藤および翻訳者である佐藤氏がいずれも東北新社の担当者と協議した上で、当該部分は誤訳と考えないと結論している。
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# by waka_moana | 2015-07-25 19:45 | QandA

イングランドの私略船団

 アラトリステらの乗ったガレーは地中海を東へと向かった。地中海の島々の風景はイニゴに強い印象を与えた。それはアラトリステの故郷であるレオンの山々とも、イニゴの故郷ギプスコアの緑の平原とも、コポンスの故郷アラゴンの岩山とも全く異なるものだった。

 ガレーは僚船をともなってオランからカルタヘナに戻り、そこで補給を済ませると、シチリア島から来ていた2艘のガレーとともに東北東へ2日間航海してフォルメンテラ島へと到達した。そこから左手にマヨルカとメノルカを見てサルディニア島の南端のカリアリへと進んだ。カルタヘナを出航して8日目のことだった。

 カリアリで再び補給を行い、南東に向かって2日でシチリア島のトラーパニへ。トラーパニからムラタは再び単独での航海に戻り、シチリア総督からの書簡と4名の聖ヨハネ騎士団員を載せてマルタ島を目指した。イニゴはしばしば好奇心に駆られてグリアットと会話を交わし、この奇妙な人物が何を思ってアラトリステについて来たのかを感じ取っていった。

 さて、ムラタはシチリア島南端のパッセロ岬でダルマチアの船とすれ違い、付近をイングランドの私略船が2艘でうろついているとの情報を仕入れた。イングランドの船団はランペデューサ島を根城にしているとの話だったので、急遽ムラタは予定を変更し、ランペデューサ島へと向かった。ランペデューサ島はマルタ島の近くにある小島で、人は殆ど住んでいなかった。ムラタは一部の陸戦隊を予め上陸させてイングランド人たちの停泊地を陸側から奇襲させ、敵を混乱させた上で海側から主力をぶつける作戦を採った。アラトリステとコポンスはこの別働隊に配属され、一足先にガレーを降りていった。

 作戦は成功し、イングランドの船団はムラタによって制圧された。小さい方の船はイングランド人に襲われたスペイン船だったので、船は捕虜となっていた元の乗組員たちに返却された。イングランド人たちを指揮していたのはプリマスから来たロバート・スクルトンという男であった。当時のスペインはオランダやオスマン・トルコとは正式に戦端を開いていたので、戦闘で敗れたオランダ兵やトルコ兵は国際法に基づいて扱われていた。具体的には、自ら降服した者たちは故郷へ帰ることを許していたし、指揮官が降服した後も戦闘を止めなかった者たちは捕虜とした。しかしイングランド人はスペインにとっては単なる無法者の海賊でしかなかったので、スクルトンはランペデューサ島の見張り塔から吊され、足下の砂にはカスティリア語とトルコ語でこう書き残された。

「イングランド人の盗賊、そして海賊」

 スクルトン以外の海賊たち(イングランド人が11人、モーロ人が5人、トルコ人が2人)はいずれも奴隷としてムラタの漕手にされた。11年後、ジェノバの海戦でスペインがフランスと戦った時にも彼らのうちの数人は生きていたらしいが、ムラタが浸水した際に誰も彼らを鎖から外さなかった為、彼らはムラタとともに海の底に沈んでいったとの話である。
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# by waka_moana | 2011-02-21 12:43 | 6巻

新キャラ投入

4章「モガタス」

 娼館を出たアラトリステは、フランドルの戦友の一人、フェルミン・マラカルザがオランに住んでいることをコポンスから聞かされた。マラカルザはアラトリステらが入隊した時には既に古参兵だった歴戦の勇士だが、オランに配属された後に負傷して除隊し、そのままオランに残ったのだという。オランではこうした元軍人にも「行軍」の分け前が与えられることになっていて、コポンスはいつもマラカルザの所にそれを届けているのだった。

 マラカルザの家へと向かうアラトリステらの背後には、「行軍」で見かけたモーロ人の姿があった。コポンスはアラトリステに注意を促したが、アラトリステはひとまず放っておくことにしたようだった。

 マラカルザはアラトリステとの再会を大いに喜び、イニゴがロペ・バルボアの息子だと知ると、更に喜んで、饒舌に自らの境遇を語った。彼は「行軍」で掴まえてきたモーロ人女性にキリスト教の洗礼を受けさせて妻とし、5人の子供をもうけていた。「(妻は)正直者だし、少し短気だが素直だ。スペイン女はモーロ人女をもっと見習うべきだ。」というのがマラカルザの意見だった。アラトリステも「素晴らしい女性だ」とマラカルザに同意した。

 やがてアラトリステはマラカルザに切り出した。何故、妻子を連れてスペインに返らないのか? マラカルザの答えはこうだった。今更故郷に帰っても、乞食をやる以外に食べていく術は無いし、妻子はモーロ人の血を引いているからスペインでは差別されるだろう。それに、オランなら自分は歴戦の勇者としてそれなりに尊敬されているし、モーロ人が攻めて来たら招集もかかる。が、スペインでは戦争で不具になった兵士など見向きもされない。

 マラカルザの家を辞去しようとする3人をマラカルザは呼び止めて、自分の戦歴を読み上げた。カレー、ボメル、ニウポールト、オステンド、オルデンセル、リンゲン、ユーリッヒ、オラン。国王陛下の安からんことを。3人は壁にかけられたマラカルザの古びた愛剣に向き直り、盃を掲げた。

 アラトリステらが表に出ると、例のモーロ人はいまだにアラトリステを尾行していた。苛立ったアラトリステは電光石火の早業でモーロ人を追いつめ、剣を押しつけて真意を質した。男の名前はアイシャ・ベン・グリアット。アラトリステがスペイン兵からモーロ人女性を助けた場面を目撃し、アラトリステに興味を持ってついて来たのだという。男は流暢なカスティリア語を話し、顔には奇妙な十字の刺青があった。アラトリステが理由を尋ねると、男は自分の複雑な身の上を語った。

 男の父親はベニ・バラニと呼ばれる一族の人間で、これはアラビア語で「異邦人の息子たち」を意味する。言い伝えによるとベニ・バラニの一族は西ゴート族が西地中海沿岸に現れた時代にこの辺りにいたキリスト教徒の子孫なのだという。グリアットの祖父は一族がキリスト教徒の子孫であるという言い伝えを重視し、カディスから誘拐されてきたキリスト教徒の少女を買って、自分の息子の妻とした。それがグリアットの母だった。だから自分はどの宗教にも属さないし、どの土地にも属さない人間なのだ。

 これが、通称「モーロ人のグリアット」とアラトリステが運命的に出会った日の顛末であった。この日以来、グリアットはアラトリステとともに旅を続け、二人の友情は1634年9月、ネルトリンゲンの戦いでグリアットが戦死するまで続いたのである。

 
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# by waka_moana | 2010-11-01 22:55 | 6巻

隊長の故郷

6巻にて正式にレオンという設定になりました。
取り急ぎお知らせまで。
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# by waka_moana | 2010-11-01 15:38 | 余談

それってエリア88

3章「ワディ・ベルッチ襲撃」

 イニゴが自ら志願して参加した「行軍」は後味の悪いものになった。

 オラン駐留軍を事実上切り盛りするビスカルー曹長はフランドルでの従軍歴があり、アラトリステと共通の知り合いも多く、アラトリステとイニゴが「行軍」に参加することを了承した。

 今回の「行軍」はオランから5リーグ(25キロ弱)ほど行ったところにあるモーロ人の野営地が目標である。この野営地にいるのは、最近スペインへの納税を怠っている一族で、近々スペインから離反してオスマン・トルコ側に付くのではないかと疑われているとのことであった。

 夜襲はあっけなく成功し、スペイン軍は36人の男たちを殺して野営地の女子供や家畜、家財を強奪した。しかし夜襲が済んだ時、夜襲を手引きしたモーロ人が信じられないことを告げた。何とこの野営地は目的の一族のものではなく、スペイン側のモーロ人の野営地だったという。ビスカルー曹長は激怒したが、ともかく大量の獲物が手に入ったことで懐が暖まるのは事実であり、最終的には夜襲に加わった兵士たちを堅く口止めして済ますこととした。

 イニゴは男を一人、自分より若い少年を一人殺した。アラトリステは水を求めて入ったテントで二人のスペイン兵が新生児を抱いた女を強姦しようとしているのを咎めて言い争いになり、一人のスペイン兵は脳天をカチ割られて、もう一人は喉を切り裂かれて息絶えた。新生児はやがて事切れたが、従軍していた神父が母親が止めるのを振り切ってこの新生児にキリスト教の洗礼を施してしまった為、母親は屈辱と怒りのあまり自殺してしまった。またオランへの帰り道では、鞍にくくりつけられた父親の生首を慕って年端もいかない少年が追い払っても追い払っても付いて来たのだった。

 この夜襲はイニゴにとって生涯忘れられない苦い想い出の一つとなった。

 オランでは、久しぶりの奴隷の入荷でお祭り騒ぎとなっていた。「行軍」の分け前にあずかったアラトリステら3人も売春宿に繰り出して羽根を伸ばした。コポンスが「自分はこの街でこうやって一生を終わるのか」と嘆息すると、アラトリステは有り金全てをコポンスに差し出し、更にイニゴを眼光で脅してイニゴの有り金も全てコポンスに与え、この金でビスカルー曹長を買収して除隊許可を取れと薦めた。
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# by waka_moana | 2010-09-08 23:22 | 6巻