「カピタン・アラトリステ」シリーズと映画「アラトリステ」の背景知識と翻訳裏話


by KATO Kosei Ph.D
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行軍志願

2章後半

 イニゴとアラトリステは、コポンスが語る北アフリカ駐留軍のありさまに聞き入っていた。

 北アフリカには補給も滅多に来ないし、給料もまず支払われない。それでも北アフリカのスペイン駐屯地が陥落しないのは、愚かなスペイン兵たちはそんな状況でも誇りにかけて全力で戦ってしまうことと、城市が陥落すれば捕虜ではなく奴隷として売り飛ばされるということが主な理由であった。

 当然、そんな任地に行きたがる兵士など存在せず、コポンスのように罪人として送られてくるか、あるいは「イタリアに駐留する」などと騙されて連れてこられるかである。当時のスペインで、不可能に近いことを表す表現として「100人の兵士をオランに送り込む」というフレーズが使われていた所以である。

 コポンスはアラトリステも知っているフランドルの古参兵の話を紹介した。この古参兵も不運が重なってオランに送り込まれ、数年を駐留兵として過ごしていたが、給料の遅配が重なるにつれて彼の堪忍袋の緒はすり切れていった。ある晩、彼は上司の軍曹の喉を掻き切って夜の闇へと消えていった。風の噂では、傭兵としてモーロ人の軍隊に居るのだとか。

 それではオランの将兵は給料も支払われないのに、どこから酒代を調達しているのか?

 「行軍」という隠語で呼ばれる夜襲である。敵対的なモーロ人の集落を闇に紛れて襲撃し、金目のものや家財家畜を全て略奪した上で、女子供を奴隷として売り飛ばすのである。イニゴは尋ねた。

「それは僕がフランドルでやっていたような仕事なの?」
「まあ似たようなもんだ」
「僕も行ってみたいな」
「どこへ?」
「『行軍』に」

 コポンスはまじまじとイニゴを見つめてアラトリステに言った。

「あの小僧が随分と立派になったじゃないか、え?」

 アラトリステはため息混じりに応えるのだった。

「そうでも無いさ・・・」

 
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# by waka_moana | 2010-09-08 10:37 | 6巻

作者はサドだ

2章「オランに送られた100人の兵士たち」(前半)

 アラトリステは兵士になったイニゴの生活態度が気になっていた。

 そもそもイニゴが軍人になることは、イニゴの両親も望んでいなかったし、アラトリステもまた「剣よりもペンの方が射程距離は長い」とイニゴに言い聞かせてきた。それ故、ケベードやペレスに頼んで読み書きを教え、本を与えて文学に親しませてきたのだった。現にイニゴは一介の傭兵にしては希有なことに、文学を好む若者となっていた。イニゴもアラトリステらの気持ちは痛いほどわかっていたが、持って生まれた戦士としての資質には抗いようもなかった。今やイニゴは背丈でもアラトリステにひけを取らない、強靱で剽悍な肉体を持つ若武者となっていた。

 問題は、せっかく手にした金を「飲む打つ買う」ですぐに使い果たしてしまうという傭兵の悪癖に、イニゴもまた染まってしまったということである。もちろん若き日のアラトリステも宵越しの金は持たない生活であったが、アラトリステの場合はもっぱら深酒で金を使ってしまったのであって、賭け事には昔から興味は無かったし、女は金で買うまでもなく向こうから寄ってきていた(今も)。

 メリリャに向かうガレーの船尾で、日没直後の海を見つめるアラトリステにイニゴは話しかけた。

「少しは金が入りそうですね」
「皆、賭け事と酒と女であっという間に使ってしまうんだ。金を使わずに貯めていた軍人など見たことはない」
(え? 隊長の親友のコポンス兄貴は・・・・・?)
「私は違いますよ。そもそも船の上には酒も女も無いし、カードは禁止でしょう」
(なんて言いつつもナポリでは放蕩三昧だったイニゴであった)
「ナポリに戻ればわかりますよ」

 メリリャは場末中の場末といった感じの寂れた砦だった。スペイン本国からの投資や補給も最低限で、何故この砦がモーロ人たちに奪回されずに持ちこたえているのかが不思議に思われた。ムラタは奴隷たちを荷揚げすると、夜になる前に出航してオランを目指した。

 オランはメリリャよりはずっとマシな港町だった。ナポリほどではないが、遊郭もあった。傭兵や船員たちはすぐさま女を買いに街へと繰り出していった。

 アラトリステとイニゴは城門で意外過ぎる人物と再会した。故郷のウエスカに帰って農場を始めているはずのセバスティアン・コポンスだ。コポンスはニクラースベルヘン号襲撃の分け前を手に故郷に向かったはずだったが、サラゴサで冤罪まがいの裁判に巻き込まれ、弁護士や裁判所に有り金を全て巻き上げられていた。更に不運は続き、新大陸にでも渡ろうと引き返したセビリアの酒場で補吏2人に斬りつけて再び裁判となり、4年間の禁固刑か1年間のオラン駐留という判決が下った。

 やむなくオランに流れてきたコポンスだったが、1年間の兵役が終わっても除隊は許されなかった。場末中の場末であるベルベル海岸に来たがる軍人はおらず、後任が見つからないという理由である。しかもコポンスたちに給料が支払われたことはついぞ無く、コポンスたちは敵対するモーロ人の集落を襲っては金目のものを奪って糊口をしのいでいるのだった。
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# by waka_moana | 2010-09-07 22:27 | 6巻

相変わらず怖いぜ隊長

1章「ベルベル海賊」続き

 ムラタの艦長のマヌエル・ウルデマラスは地中海艦隊で30年に渡り戦ってきた男で、アラトリステの勇名は以前から耳にしていたし、アラトリステが自分の船に配属されたことを心強く思ってもいた。ただ、ウルデマラスには、アラトリステの経歴で気になる点が一つだけあった。アラトリステがカルタヘナ連隊を離れるきっかけとなった1609年のバレンシアでのモリスコ(改宗イスラム教徒)掃討戦である。

 スペイン建国以来のモリスコ弾圧政策により、アンダルシアやバレンシアの海沿いにはモリスコの集落が集められていたが、モリスコとスペイン人の相互対立は根深く、モリスコがベルベル海賊を手引きして海沿いのスペイン人の集落を襲わせることもあった。1609年の問題の掃討戦はベルベル海賊と組んだモリスコの村を壊滅させる戦いであったが、無抵抗の非戦闘員を虐殺する任務はアラトリステの好むところではなかった。

 一方、そうして弾圧されスペインを追われたモリスコ達のスペイン人への憎悪もまた激しいもので、彼らは地中海の対岸に渡ってベルベル海賊となり、かつて自分たちが住んでいた村々を襲ってスペイン人たちを虐殺していた。スペインによるモリスコ弾圧政策は、結局のところ、最も勇猛かつ最も残忍で最も土地勘のあるベルベル海賊を量産していたのである。ウルデマラスにとっては、ベルベル海賊は生涯にわたって戦ってきた敵であり、モリスコに同情を寄せたかに見えるアラトリステの内心は気になるところであった。

 とはいえ、戦闘直後のアラトリステを前にうっかりその話を切り出したウルデマラスは、アラトリステの冷たい視線と口調に冷や汗をかかされる羽目になった。最初は口ひげを撫でていたアラトリステの右手の位置は、いつの間にか腰まで下ろされていた。ここでアラトリステを怒らせれば確実にウルデマラスの命は無かった。ウルデマラスは何とかその場を取り繕うことに成功した。

 制圧されたガリオットの乗組員のうちイスラム教徒は奴隷として売り飛ばすためにひとまず漕手とされ、背教者やモリスコは即座にマストに吊されて絞首刑となった。吊されたモリスコの中には第2次性徴が出たばかりの子供もいた。

 ムラタは進路を変更し、メリリャへと向かっていた。
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# by waka_moana | 2010-09-05 00:01 | 6巻

村田丸の船出

 「カピタン・アラトリステ」シリーズ6巻『東方の海賊』のあらすじをこれからしばらく紹介していきますよ。

第1章「ベルベル海岸」

 1627年5月末、アラトリステとイニゴはナポリ駐留のスペイン艦隊の新造ガレー船「ムラタ(Mulata)」に搭乗して、アルボラン島付近を航行していた。ムラタはスペイン商船の護衛の任に就いており、この航海ではバレアレス諸島経由でバレンシアまでスペイン商船を護送し、そこからカルタヘナに移動してオランへと別の商船を護送してナポリへと戻る帰途であった。

 エル・エスコリアルでのフェリペ4世暗殺未遂事件の後、アラトリステの立場は「差し引きゼロ」となった。フェリペ4世の命を救うという殊勲は上げたものの、国王の前での着帽特権以外にはこれといった恩賞も無く、グアダルメディーナ伯爵とは完全に決裂。奇跡的に命拾いしたサルダーニャの計らいでアラトリステは補吏に追われることも無くなったが、マリア・デ・カストロとは完全に関係が終わったし、相変わらず無一文の剣客でしかなかった。
 
 一方、大逆の陰謀が露見したボカネグラは強制的に病院に閉じこめられ、マラテスタの消息は杳として知れない。ルイス・デ・アルケサルは処刑こそ免れたものの、ヌエバ・エスパーニャに左遷され、アンヘリカとともに旅立っていった。唯一ツイていたのはイニゴで、ケベードが王妃のコネで、18歳になると同時に近衛隊に入隊出来るよう手配してくれたのである。とはいえ近衛隊で栄達するには家柄か手柄が必要であり、フランドルでブレダ攻城戦を経験していたとはいえ、正規の軍籍を持っていなかったイニゴは、改めて従軍することになった。

 ロペ・デ・ベガの息子の件でイニゴの腕を買っていたコントレーラスはアラトリステともどもナポリに来るようイニゴを誘い、二人は1626年、バルセロナからジェノバを経由してナポリに渡った。イニゴはついに正規の軍人としてスペイン陸軍に入隊し、アラトリステの従者からアラトリステの戦友へと立場を変えた。

 アラトリステとイニゴの乗るムラタはこの日、コルセール海賊ガリオットを捕捉してこれを制圧した。イニゴにとっては5回目の海戦だった。
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# by waka_moana | 2010-09-04 14:52 | 6巻
 イングランドやイタリアやフランスが一次リーグで消えていったので、今大会はヨーロッパ勢不調かなんて言われていましたが、決勝トーナメントではブラジルもアルゼンチンもあっさり消え、4強のうちヨーロッパ勢が三つという、あれれな展開になりましたね。サッカー世界選手権。

 しかも決勝に残ったのはオランダに・・・・スペイン?
 
 こ、これは!!

 まんま『アラトリステ3:ブレダの太陽』の再戦じゃないですか。当時とちょっと違うのは、今回のスペイン軍にはカタランも入っているってとこですが(アラトリステの時代のスペイン軍はカスティリア軍でしたからね)。私、今までスペイン代表を応援したこと無かったんですが、今回はスペイン応援でいきたいと思います。
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# by waka_moana | 2010-07-08 21:13 | 余談