Martin Luther

英語で近世ドイツの話を読んでいて、Martin Lutherという人名が出てきたので、あれ何で公民権運動の話がここに、と、一瞬考えてしまいました。

英語で読んでいるから、「まーてぃん るーさー」という音声日本語に変換しちゃうんですよねー自動的に。

日本語で世界史を学ぶ場合には、ここは「まるてぃん るたー」と読むのが一般的なわけですよ。

入学試験なんかでMartin Luther(1483-1546)のことを「マーティン・ルーサー」と答案に書いたら、ちゃんと正解扱いしてもらえるんでしょうか?

正解だよな?

あるいはMartin Luther King jr(1929-1968)のことを「マルティン・ルター・キング・ジュニア」と書いたらどうなるのかな?

正解ですよね?
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# by waka_moana | 2016-04-28 17:52 | 翻訳作業

東北新社さんから「最近またアラトリステの字幕について色々なことを書いた手紙が各種届いているんですが」という連絡がありました。

DVD版字幕については以前から、元アニメ脚本家の杉原めぐみ氏が独自の主張を展開しておられまして、またあの人ですかと聞きましたら、名前は男性名でSで始まる名字が書かれていたり、匿名だったり、とのこと。

最近、與那嶺恵理の案件が終わって(UCIプロツアーと全日本頑張れよ!)カタリストの案件メインとなり、少し手空きになったこともあり、色々と調べてみたら、ウィキペディアのノートページが凄いことになっていました。ここが主戦場らしいのですが、他にもコメント依頼だの削除依頼だの戦線が拡大しており、面倒くさいから途中で見るの止めました。

論点も最初は杉原理論をウィキペディアに載せるかどうかだったのが、今や加藤の名前を載せるかどうかとか(載せなくて良いですそんなもん)、お前は何で俺をブロックするんだとか、もう記事ごと削除で良いんじゃないのかとか、とにかく加藤は死ねとか・・・斜め読みだから全部は拾えてないかもしれん。

とにかく熱い。素晴らしい。IPで書き込んでる人が沢山いて難しいですが、多分、このバトルをきっかけとしてアラトリステという作品を知った人も何人かはおられるんじゃないかと思える熱量です。ありがとうございます。

あの作品、映像の美しさと最後のテルシオ戦闘には根強いファンがいらっしゃいまして、「マスケティアーズ」で16-17世紀の西ヨーロッパのストリートファイトの二段展開(先込めピストルを持てるだけ持って突入して近距離の銃撃戦から、レイピアとマンゴーシュでの斬り合いに移行)の味をしめられた方には是非、ご覧になっていただきたいと思うわけですが、そういう意味でも何であれウェブ上で議論があるというのはSEOになりますからね。

いや、別にDVDがどれだけ売れようが私にはお金は入りませんが(監修料は定額でいただいておりますので)、どうせなら色々な人に見て欲しいじゃないですか。

ですから、議論大いに結構。独自の解釈もどんどん公開して欲しいです。もっとぶっ飛んだ解釈も期待したいな。

あとですね、DVDの字幕の著作権(著作者人格権に含まれる著作物の同一性保持権)をお持ちなのは翻訳者の佐藤さんなので、字幕を変える権利は私には無いですよ。そこだけ念のため注意喚起しておきます。

では、引き続きよろしくお願い致します。
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# by waka_moana | 2016-04-26 23:08 | 余談

オランダの運河

お久しぶりです。3巻の訳語について二つほどご報告。

3巻で劇中のスペイン人たちが、彼らに敵対する勢力のことをオランダ人と呼び、彼らが戦っている地のことをしばしばオランダと呼んでいるのですが、実際にはまだスペインはネーデルラント連邦共和国の独立を認めていない時期なので、何でスペイン人がオランダゆーとるのという疑問は当然出てまいります。

私にもわからんです。

例えば冒頭の

「秋の夜が明けようとしている。じめじめとしたオランダの運河には、全くうんざりさせられる。」

これの原文は

”Voto a Dios que los canales holandeses son húmedos en los amaneceres de otoño.”

なんです。原文にオランダってあるんで、さすがにここを「ネーデルラントの運河」とは訳せなかったです。

ここだけ見ると、カルタヘナ連隊が展開しているのがホラント州だからcanales holandesesなのかもしれませんが、別の場所では「イングランドとオランダの連合軍」なんて話も出てくるので、うーむ、どうなんですかね。小説の体裁として、壮年期のイニゴが過去を振り返って語るという形になっているので、語り手であるイニゴの現在においてはオランダという国が成立しているから、ということかもしれません。

そしてこちらは、今更ですが完璧な翻訳ミスを発見したのでお詫び。3巻の3章です。

「とはいえ、我らがスピノラ将軍には目をかけられていたし、マドリードには強力な人脈を持っていた。彼は宮中伯領の戦い には上級曹長として従軍し戦功を上げ、フルーリュスの戦いでドン・エンリケ・モンソンがカルバリン砲 に片足を吹き飛ばされると、その後を継いでカルタヘナ歩兵連隊の指揮官となった人物である。」

原文はこちらになりますが・・・・

"Favorecido de nuestro general Spínola, con buenos valedores en Madrid, se había hecho una reputación como sargento mayor en la campaña del Palatinado, recibiendo el tercio de Cartagena después que a Don Enrique Monzón una bala de falconete le llevara una pierna en Fleurus. "

訳文で「上級曹長」とある部分、原文ではSargento Mayorですが、これは当時のスペイン陸軍の軍制では将官の階位の一つで、Captain General、Maestro de Campoに次ぐ階級だということを最近知りました。連隊の中で3番目ですかね。

当時は近現代とは将官のランクもかなり違うので、じゃあどう訳すかと言われると相当困るのですが、上からの序列で言えば少将、指揮下にある兵力の規模で言うと中佐くらいです。近現代で言えばね。

そのまま「サージェント・マジョール」と訳すかなあ・・・。

今も「アラトリステ」シリーズを読んでくださっている方というのは、レアだとは思いますが。あ、でも人材コンサルティングのクライアントの社長さんがこないだ読んでくれて「あれ、めちゃめちゃ手間かけとるな。手間かけすぎだわ(笑)」と笑っておられました。

小説の方を一緒に訳した方々とはもう連絡も取れなくなってしまったのですが、映画の方はですね、いまだに担当の方とは飲み友達です。うちのゼミ生たちの就活の際には色々と相談にも乗って下さいましたし、去年は高校の仲間の湾岸タワマンのベランダで東京湾花火大会を見物したんですが、声優さんたちと一緒に遊びに来てくれました。

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もう10年前ですか。もっと昔みたいな気がしますが。思い出深い仕事でした。

作者は早く8巻書いて下さい。
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# by waka_moana | 2016-04-24 23:42 | 翻訳作業

ツイッターで噂を目にしたので読んでみましたが、普通に考えればあれは炎上した劇場版字幕の話ではないですかね?

追記:

何故私が上記のように考えるか。

1:劇場版は東北新社が誤訳の存在を認めて、わざわざ追加コストをかけて大幅な字幕の改訂を行っている。すなわち誰もが確認出来る形で誤訳の存在が公式に認められている。一方、DVD版での誤訳を主張する人物はアニメ脚本家・杉原めぐみを名乗る人物と、東北新社に大量の文書を送りつけているSを名乗る人物のみである。モーテンセン氏は当該インタビューにおいてどちらの版かを特定せずに誤訳があったと指摘しているので、少なくとも杉原が言うようなDVD版での誤訳の論拠としては成立しえない。

2:杉原が論拠の一つとしている東京外大の教員のブログは、アラトリステの映画やDVDを実見しておらず、単に杉原が主張するような文法的な間違いはありうると書いたのみで、論拠として成立していない。なお加藤は当該の教員にメールでアラトリステの映画を実見した上での主張かどうか確認している。

3:Sを名乗る人物が東北新社に送った文書における誤訳の主張については加藤および翻訳者である佐藤氏がいずれも東北新社の担当者と協議した上で、当該部分は誤訳と考えないと結論している。
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# by waka_moana | 2015-07-25 19:45 | QandA

イングランドの私略船団

 アラトリステらの乗ったガレーは地中海を東へと向かった。地中海の島々の風景はイニゴに強い印象を与えた。それはアラトリステの故郷であるレオンの山々とも、イニゴの故郷ギプスコアの緑の平原とも、コポンスの故郷アラゴンの岩山とも全く異なるものだった。

 ガレーは僚船をともなってオランからカルタヘナに戻り、そこで補給を済ませると、シチリア島から来ていた2艘のガレーとともに東北東へ2日間航海してフォルメンテラ島へと到達した。そこから左手にマヨルカとメノルカを見てサルディニア島の南端のカリアリへと進んだ。カルタヘナを出航して8日目のことだった。

 カリアリで再び補給を行い、南東に向かって2日でシチリア島のトラーパニへ。トラーパニからムラタは再び単独での航海に戻り、シチリア総督からの書簡と4名の聖ヨハネ騎士団員を載せてマルタ島を目指した。イニゴはしばしば好奇心に駆られてグリアットと会話を交わし、この奇妙な人物が何を思ってアラトリステについて来たのかを感じ取っていった。

 さて、ムラタはシチリア島南端のパッセロ岬でダルマチアの船とすれ違い、付近をイングランドの私略船が2艘でうろついているとの情報を仕入れた。イングランドの船団はランペデューサ島を根城にしているとの話だったので、急遽ムラタは予定を変更し、ランペデューサ島へと向かった。ランペデューサ島はマルタ島の近くにある小島で、人は殆ど住んでいなかった。ムラタは一部の陸戦隊を予め上陸させてイングランド人たちの停泊地を陸側から奇襲させ、敵を混乱させた上で海側から主力をぶつける作戦を採った。アラトリステとコポンスはこの別働隊に配属され、一足先にガレーを降りていった。

 作戦は成功し、イングランドの船団はムラタによって制圧された。小さい方の船はイングランド人に襲われたスペイン船だったので、船は捕虜となっていた元の乗組員たちに返却された。イングランド人たちを指揮していたのはプリマスから来たロバート・スクルトンという男であった。当時のスペインはオランダやオスマン・トルコとは正式に戦端を開いていたので、戦闘で敗れたオランダ兵やトルコ兵は国際法に基づいて扱われていた。具体的には、自ら降服した者たちは故郷へ帰ることを許していたし、指揮官が降服した後も戦闘を止めなかった者たちは捕虜とした。しかしイングランド人はスペインにとっては単なる無法者の海賊でしかなかったので、スクルトンはランペデューサ島の見張り塔から吊され、足下の砂にはカスティリア語とトルコ語でこう書き残された。

「イングランド人の盗賊、そして海賊」

 スクルトン以外の海賊たち(イングランド人が11人、モーロ人が5人、トルコ人が2人)はいずれも奴隷としてムラタの漕手にされた。11年後、ジェノバの海戦でスペインがフランスと戦った時にも彼らのうちの数人は生きていたらしいが、ムラタが浸水した際に誰も彼らを鎖から外さなかった為、彼らはムラタとともに海の底に沈んでいったとの話である。
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# by waka_moana | 2011-02-21 12:43 | 6巻